《判決は……?》「3回絶頂に達した」検察が見抜いた“ウソ”
一方で米軍側の発表として報道では「性格は非常に温厚でどこにも異常なところは見られず、兵籍にいる間も何ら犯罪を起していないとのことである」(1955年9月10日付沖縄タイムス夕刊。原文ママ)などと記載されており、その加害性は周囲にバレることのないまま沖縄での軍人生活を過ごしてきた。
この時期の新聞紙面を読んでいると、いかに米軍統治下の沖縄で軍関係者の犯罪が多かったかがよく分かる。9月12日付沖縄タイムス朝刊では、具志川村(現うるま市)の前原署管内だけで同じ日に米軍関係者による放火や強盗といった凶悪事件が5件発生しており、治安悪化に悩む住民が、近隣の巡査派出所を巡査部長派出所に昇格させるよう陳情したことも報じられている。
同年11月21日に始まった軍法会議(最高裁判)では、犯行当日やその前後について、ハートと情婦の証言が食い違ったことが1つの焦点となった。ハートは「情婦とセックスをして3回絶頂に達した」と証言したものの、情婦はそれを真っ向から否定。ハートとの性的関係があったことは認めた上で「3日と4日はセックスをしていない」と答えた。
この食い違いそのものが裁判で検察側に有利に働いた。検察側は「わざわざハートが情婦とのセックスを得意げに話したのは、ハートが幼い少女とのセックスに関心があるはずがないということをアピールするためだ」と逆手に取ったのだった。
合計11回に及ぶ審理を経て、12月6日に陪審員10人の全員一致で下された結論は「Put To Death=死刑判決」だ。その時のハートは、不動の姿勢で判決文朗読に聞き入り、有罪を観念したうつろな目をしていたという。
米軍統治下にあった沖縄で、米軍人が沖縄住民に対して犯した犯罪に公正な裁判がされるのかとの疑問は根強かった。公判を前に米本国に送還して結局うやむやになった例が多かった。そんな時代背景でのこの結審に、本土復帰前の沖縄に置かれた琉球上訴裁判所の仲松恵爽首席判事は「これで米軍裁判が人種的偏見を持たない公正な、立派な裁判であることが判った」(1955年12月6日付沖縄タイムス夕刊。原文ママ)と評価していた。



