第二次世界大戦の終結から10年あまりの1955年9月3日。米軍統治下の沖縄でわずか5歳と数カ月(当時の報道では数え年で6歳と紹介)の女の子が強姦・殺害され、草むらに遺棄されるという痛ましい事件が起きた。亡骸の左手には、抵抗の気持ちと無念さからか、あたりの草が2、3本、強く握りしめられ、口は固く嚙み締められたままだったという。

 被害者の名前は永山由美子ちゃん。事件発生後3日目で逮捕された犯人は31歳の米兵、アイザック・ジャクソン・ハートだった。のちに医師や周辺人物から「変態的な」と評されるほど異常性の高い性欲の持ち主だったことが明かされている。

 沖縄戦後史に残るこの凶悪事件は、被害者の名前から「由美子ちゃん事件」として語り継がれ、米軍統治下当時、軍関係者の犯罪が特に頻発していた時代背景から、日本復帰運動の機運を高める契機の1つにもなった。当時の新聞記事などを基に、事件のあらましを追っていく。なお本文中の表現は、当時の記事や文献に準じている。

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極東最大の米軍基地がある嘉手納。この地で戦後、残虐な事件が起きていた(写真ACより)

遺体は「下腹部から肛門まで切り裂いたようだった」

 遺体発見現場となったのは嘉手納村(現嘉手納町)の海岸付近、雑草に覆われた場所だった。極東最大の米空軍基地である嘉手納飛行場から、その地名を知っている人もいるだろう。

 当時の報道によると「少女は暴行を受けてた形跡がをりシミーズは左腕のところまで垂れ下がり、口をかみしめたまゝ死んでいた。夜明け方降ったしゅう雨(※にわか雨)に死体はズブ濡れ、オカツパの髪は砂がところどころについており、死体の下にはチリ紙と印刷された用紙が濡れたまゝ捨てられてあった」(1955年9月4日付沖縄タイムス夕刊。原文ママ)という。

 被害者が5歳であることに加え、この事件の猟奇性も注目を集めた。沖縄タイムス記者による紙面座談会ではこのように述べられていた。

「何しろヒドイんだ。思わず目をそむけてしまう程のものなんだ傷痕のむごたらしさといったらね…。まるで鋭利な刃物で下腹部から肛門にかけて切り裂いたようだった」(同12日付朝刊。原文ママ)