戦後81年。家庭内暴力の原点を辿ると、あの戦争でのトラウマに行き着くのではないか。いま注目される「戦争トラウマ」とは何か?
8/13放映のNHK BSスペシャル『戦争トラウマ実態調査~苦しみの連鎖を断てるのか~』に出演する依存症臨床の第一人者、信田さよ子さん。現在好評発売中の『溺れながら生きる 依存とケアのあいだで』より、復員兵たちのPTSD、そして世代を超えて連鎖する暴力について書かれた箇所を抜粋してお届けする。 #後篇
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戦争トラウマと家族の暴力はつながっている
戦後80年を迎えた2025年の夏、8月15日の終戦記念日の前後、メディアによる報道は戦争の記憶で満ち溢れていた。その多くが戦争の悲惨さを改めて強調する内容だが、中には戦争トラウマについての報道もいくつかあった。
その10年前にも戦後70年特集が組まれたが、戦争トラウマについてはほとんど触れられていなかったはずだ。おそらく2017年に出版された『戦争とトラウマーー不可視化された日本兵の戦争神経症』(中村江里、吉川弘文館)などがきっかけとなり、やっと日本軍の兵士たちのトラウマが注目されるようになった。2018年にCPTDS(複雑性PTSD)が国際疾病分類第11版(1CD-11)に正式な精神疾患として加えられたことも大きい。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは、過去に受けた甚大な精神的衝撃や打撃を脳が記憶を処理できずにいるために起きるさまざまな障害のことを指す。トラウマ研究は1990年代からアメリカを中心として発展した。日本で認知されるようになったのは1995年の阪神・淡路大震災である。この翌年にJ・L・ハーマンによる『心的外傷と回復』(中井久夫訳、みすず書房)が出版された。刊行後30年たった今でも多くの人に読まれている本書は、トラウマについての最初の解説書である。21世紀になってから日本でも多くの研究者や専門家がトラウマに取り組むようになった。
トラウマという言葉がまだ日本では使われていない1980年代から、夫から殴られたり、父から性虐待を受けた女性たち、幼いころから父親から殴られて育った男性たちのカウンセリングにかかわってきたが、95年以降トラウマという視点を得て、改めて被害者支援の必要性を感じるようになった。
さらに、その人たちの親世代を辿った時に、戦争の影響を無視できないことに気づいた。暴力をふるった親たちを戦争トラウマ(PTSD)の視点から見直すことで、世代を超えて伝わる暴力として新たに整理できるようになったのだ。日本の家族における暴力(DVや虐待)の起源をたどっていくとあの戦争に行き着くのではないかという思いは、今では確信に近い。
ベトナム戦争がきっかけで精神疾患に加えられたPTSD
アメリカでは、1970年代後半、膨大な数のベトナム帰還兵たちがさまざまな心身の障害を抱え、一部はアルコールや薬物依存症となった。また彼らの多くは、家族に対して暴力をふるい、虐待やDVへの緊急対策が国家的課題となった。
1980年にDSM(アメリカ精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル)に初めてPTSDが加えられたことの重要性は言い尽くせないほどだ。背景には、ベトナム帰還兵たちによる政治的要求があり、彼らの戦争による障害を国家が保障することにつながった。日本の第二次世界大戦敗戦と35年の時差があるとしても、戦後の日本に戦争体験が精神に破壊的な影響をもたらすことへの認識がほとんどなかったことは特筆すべきだ。
2025年8月の「週刊文春」合併号の特集に興味深い内容が掲載されていた。俳優の中村敦夫が疎開先で見た光景を述べているが、要約してみよう。
「復員兵たちの目つきがうつろだった。彼らが自分の家族に苛烈な暴力をふるっていた光景を見たことがあった。今となっては戦争トラウマの影響だったとわかる」
いっぽうで、独特の抑制した表現で戦争体験を描いたのが小津安二郎だった。小津映画では、戦闘シーンや戦場の描写はなく、「帰ってこなかった者の不在」「語られない記憶」「日常に残された影」として戦争が表現される。このような小津独特の映像のスタイルは、ヨーロッパにおける根強い評価を生んだ。ある時まで、小津は戦争を避けて表現していると批判されていた理由も、あの抑制ゆえだったのかもしれない。そんな小津映画に登場する暴力の場面について詳述したのが與那覇潤『帝国の残影 兵士・小津安二郎の昭和史』(NTT出版)である。
誰もが知る、ザ・ドリフターズのTBSの「8時だョ! 全員集合」(1960年から16年間続いた国民的人気番組)に戦争の影響を見る人もいた。医師である友人は、「日本軍における下士官いじめがお笑いにデフォルメされ、国民がそれを笑い飛ばすことで間接的にトラウマケアをしたんじゃないか」と語った。戦争体験を笑い飛ばせるまでに約25年かかったことになる。
復員した男性たちは、何に苦しんでいたのだろう。中村江里の書にあるのは、戦地で急性のトラウマ反応を呈して日本に送還され、病院に収容された多くの例である。しかし命からがら復員し、結婚し、家族を形成し、戦後の日本で生活を再建してからフラッシュバック(FB)が出現した人も多かったのではないだろうか。

