2025年6月、「僕の前立腺がんレポート」を連載中に亡くなった長田昭二さん。今回は、長田さんが「大きな落胆」を覚えた第10回から一部を紹介します。
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「よくない報せ」の気配
2月21日水曜日(注:2024年)の東京の空は、朝からどんよりしていた。黒く厚く広がる雲の下を、僕は神奈川県伊勢原市の東海大学付属病院に向かっていた。いつも乗るロマンスカーにタッチの差で乗り遅れて、普通の快速急行(変な言い方だが)で伊勢原まで行った。ロマンスカーに乗れなかったのも曇天のせいだろう。
いつもどおり検査室で採血してから腎泌尿器科の外来を訪れる。1時間ほど待つと僕の番号が表示されたので診察室に入る。
じつを言うと、この日は朝から「よくない報せ」の気配を感じていた。前回は「ドセタキセル(商品名:タキソテール)」という抗がん剤が4回目にして効果を示し、それまで右肩上がりだった前立腺がんの腫瘍マーカー「PSA」が「横ばい」に転じ、やれやれとひと安心したところだった。この状態が続けばちょっとゆっくりできる……というところで迎えた今日だったが、空を覆う黒く厚い雲はそんな浮かれ気分の僕に「調子に乗るなよ」と警鐘を鳴らし続けていたのだ。
診察室に入って挨拶する僕の顔を見て、主治医で同大腎泌尿器科准教授の小路直医師は、
「お疲れのようですね」
と一言。続けてこう語り出した。
「じつはPSAが、また上がり始めたんです」
モニターに映し出された検査結果を見ると、先月「30.12」だったPSAの値が、今回は「42.37」になっていた。ちょっとした急上昇だ。
「薬が効かなくなってきたようです。今日予定している投薬を中止して、来月から別の薬に変更するという手もありますが……」
「一度安定したPSAが再上昇した場合、これまでの薬で“再安定”する可能性はどうでしょう」
「無いとは言えませんが、可能性は低いと思います」
僕はちょっと考えた。
昨年以来投与しているドセタキセルという抗がん剤は、僕の場合、副作用は脱毛と弱い消化器症状などいずれも小さなもので済んでいた。この程度の副作用なら日常生活にも影響は出ないので、あとはがんをコントロールしてくれれば――と期待していたのだ。その期待していた兆候が前回見え始めていただけに、今回の結果は大いに落胆すべき事態と言える。

