文庫本を開いても内容が頭に入って来ない

 しかし落胆ばかりもしていられない。「効果なし」と判定された以上、いますぐ次の手を考えなければならないのだ。

東海大学付属病院の院内 ©文藝春秋

 小路医師によると、次の抗がん剤「カバジタキセル(商品名:ジェブタナ)」を使うには、ドセタキセルの時と同じように最初だけは入院して副作用の出方をチェックする必要があるとのこと。入院は短かければ数日、長引くと2週間程度になるという。

 こんなときに仕事を持ち出すのは古い人間なのかもしれないが、僕は年度末に仕事が詰まっている。とてもじゃないが2週間も入院している時間的な余裕はない。そこで小路医師にこう打診してみた。

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「今日は僕、ドセタキセルを打ってもらう気マンマンで来たので、予定通りもう一回だけ従来通りの治療をしていただけないでしょうか。来月の検査結果を見て、それでも効果が出ていなければ、4月に入院して次の薬に切り替えます」

 小路医師はこの意見を受け入れてくれた。そのまま僕は化学療法室に移動し、予定通り5回目のドセタキセルの点滴投与を受けた。

2024年1月下旬に文藝春秋本社を訪れた筆者 ©文藝春秋

 いつもは点滴中はイヤホンで好きな音楽を聴きながら、読みたかった本を読むことを楽しみにしている。点滴の所要時間は約2時間半。日常生活の中で2時間半も自由に過ごせる時間はなかなか取れないので、最近の僕はこの時間を少し楽しみにしているフシがあった。

 しかし今日はかなり違う。持参の文庫本は開いてみたが、まるで内容が頭に入って来ない。自分でも驚くほど落胆しているのだ。

 前立腺にできたがんが背中の胸骨に転移していることがわかった2021年6月の時点で、人生の終わりがそう遠くないところに近づいていることは理解していた。それからの日々は、治療は受けながらも「残りの生活」を可能な限り充実させ、なるべく周囲に迷惑をかけないようにして人生の幕を下ろす準備をしてきたつもりだ。つまり「覚悟」はできているつもりだったのだ。

 しかし、今日の検査結果を聞いたとき、僕は想像以上に落胆してしまった。要は「覚悟が足りていなかった」ということなのだろう。

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※長田昭二氏の本記事全文(5000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています。全文では、下記の内容についても触れられています。
・闘病中の香港旅行
・遺言状を書く決意

■連載「僕の前立腺がんレポート」
第1回 医療ジャーナリストのがん闘病記
第2回 がん転移を告知されて一番大変なのは「誰に伝え、誰に隠すか」だった

第3回 抗がん剤を「休薬」したら筆者の身体に何が起きたか?
第4回 “がん抑制遺伝子”が欠損したレアケースと判明…治験を受け入れるべきなのか
第5回 抗がん剤は「演奏会が終るまで待って」骨に多発転移しても担当医に懇願した理由
第6回 ホルモン治療の副作用で変化した「腋毛・乳房・陰部」のリアル
第7回 いよいよ始まった抗がん剤治療の「想定外の驚き」
第8回 痛くも熱くもない放射線治療のリアル

第9回 手術、抗がん剤、放射線治療で年間医療費114万2725円!

第10回 「薬が効かなくなってきたようです」その結果は僕を想像以上に落胆させた

第11回 抗がん剤で失っていく“顔の毛”をどう補うか

第12回 「僕にとって最後の薬」抗がん剤カバジタキセルが品不足!

第13回 がん患者の“だるさ”は、なぜ他人に伝わらないか?

第14回 がん細胞を“敵”として駆逐するか、“共存”を目指すべきか?

第15回 「在宅緩和ケア」取材で“深く安堵”した理由

第16回 めまい発作中も「余命半年でやりたいこと」をリストアップしたら楽しくなった

第17回 「ただのかぜ」と戦う体力が残っていない僕は「遺言」の準備をはじめた

第18回 「余命半年」の宣告を受けた日、不思議なくらい精神状態は落ち着いていた

第19回 振り込まれた大金900万…生前給付金「リビングニーズ」とは何か?

第20回 急峻な斜面に、僕の入る「文學者の墓」はあった

第21回 がん細胞は正月も手を緩めず、腫瘍マーカーは上昇し続けた

第22回 主治医が勧める骨転移治療“ラジウム223”は断ることにした

第23回 在宅診療してくれる「第二の主治医」を考えるときが来た

第24回 “余命半年”を使い切った僕は、足の痛みで杖が必要になった

第25回 貧血で階段が上れない…がん末期の体調不良は突然やって来た

(訃報) 「僕の前立腺がんレポート」連載中の長田昭二さんが逝去されました

番外編第1回 どうやって「念願の自宅で最期」を迎えたか〈親族インタビュー〉

番外編第2回 闘病記を書かれる主治医の気持ち〈主治医インタビュー〉

番外編第3回 長田さんの「生死を分けたもの」は?〈主治医インタビュー〉

番外編第4回 遺言を2年間先延ばしにして起きたこと〈弁護士インタビュー〉
番外編第5回 死後の手続きはこんなに大変〈弁護士インタビュー〉

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