日本の終戦から81年となる夏。過酷な戦地での体験、空襲、広島・長崎への原爆投下。戦争体験者が減りゆく中、どのように記憶を遺し、思いを受け継いでゆくか。戦争と平和を考え続けるために。
戦後81年目の戦争の描き方 平和な時代しか知らない世代が戦争を作品化する覚悟を語る。|西川美和
戦争孤児たちを描いた最新作『わたしの知らない子どもたち』(10月16日公開)は、20年を超すキャリアで初めて「戦争」をテーマに据えた。広島出身の映画監督がいま「戦後間もない日本」を撮る理由とは…

戦争が遠ざかる時代の思いの受け継ぎ方|梯久美子×内田也哉子
戦争経験者が少なくなってきている今、その記憶はどうやって次の世代に繋げばよいのか。夢半ばで戦没した約130人の画学生たちの作品などを展示する「無言館」の共同館主を務める内田さんと戦争に関する著作を多…

時代の証言 百寿者が見た戦争 ジャングルでの過酷な飢え 一番怖いのは人間だった|坂上多計二さん(101)
太平洋戦争下、日米の激戦地となったフィリピン諸島。当時、陸軍の歩兵だった鹿児島県姶良市の坂上(さかうえ)多計二(たけじ)さんは、南の島のジャングル地帯で体験した“生き地獄”を…

時代の証言 百寿者が見た戦争 皇居を警衛する近衛歩兵に 陛下が私の目の前を──|大谷曻さん(102)
北海道砂川市に住む大谷曻(のぼる)さんは、戦時中、天皇と皇居を警衛する近衛歩兵のひとりだった。終戦後、近衛師団は解体。だが、禁衛府として再編成され、翌年に廃止されるまで、皇族の警護を担っていた…

時代の証言 百寿者が見た戦争 空襲で街が火の海に 防空壕での辛く、長い夜|吉峯睦子さん(100)
女学校時代から日記をつけ続けているという鹿児島県南さつま市の吉峯睦子さん。日記帳を捲れば、戦火の記憶も、昨日のことのように、脳裏によみがえる。 私は大正15(1926)年、鹿児島市で米穀…


