「親ばかだねー」と笑った真菜さん

 松永がそう話すと、真菜さんは「親ばかだねー」と笑った。

 やがて莉子ちゃんは物心がつき、愛情表現も豊かになった。二歳四か月、真菜さんが「どうしてお父さんだっこだめなの?」と尋ねると、「お父さんは友達だからだっこできません。お母さんは友達じゃありません。だっこしていいです」と話した。

 想像力、共感力にも優れていた。真菜さんが珍しく体調を崩した際は、心配していた。「お母さん大丈夫? 莉子(を)たくさんだっこしたから? マッサージしてあげる」と言ってだきしめた。胃痛でソファで横になっていると、毛布をかけて「大丈夫? いたいいたいとんでけ」と言ってくれたという。

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 真菜さんは日常生活で後ろ向きな感情を持つことはほとんどなかった。しかし、亡くなった愛する姉を思い出し、気づかれぬよう夜中にひっそりと涙することもあった。そんなとき、松永はそっと真菜さんを抱きしめた。

 育児日記にはネガティブなことは一切書かれていなかった。日々の不平不満や、人の悪口は一文字も確認できなかった。

 最後となった育児日記には、莉子ちゃんが南池袋公園で拾ってきた紅葉の葉が挟んである。

 もしあの事故がなかったら、真菜さんはこの日記の続きに沖縄での生活を綴るはずだった。

2015年2月、松永拓也氏と真菜さんの沖縄での結婚式の様子(松永拓也氏提供)

 ある日の夜、真菜さんは松永に「相談があるんだけど」と遠慮がちに打ち明けた。

「沖縄で暮らしたいんだ。海のそばに中古でいいから家を買って、そこで莉子を育てたいと思ってる」

 家族で話し合い、松永は沖縄の会社に転職し、真菜さんはパティシエの妹とカフェを開く計画を進めていた。将来、娘は勉強に励み、恋愛や進路に迷い、職を得ていつか親元を離れる。結婚して子供ができる年になれば、自分も妻も穏やかな老後生活を送り、静かに生涯を閉じる。

 松永家は大都会の片隅で暮らしつつ、そんな夢をぼんやりと描いていた。

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