「食べて痩せるなんて言葉はなかった」両親が悲しむほど食べなくなってしまい…
――どれくらい落とされたのですか?
西山 60キロを超えたあたりから体重計にも乗っていなかったんですが、そこから43キロくらいまで落ちて。体脂肪率は5パーセント以下だと数字が出ないんですけど、毎日5パーセントとしか表示されなくなりました。
――ほとんどボクサーのような数字。
西山 今みたいに「個性だよね」とか「数字じゃなくて見た目だよね」じゃなかった時代、極端なダイエットが流行っていて、食べて痩せるなんて言葉はなかった。食べたら太る、しかなかったんです。親はすごく悲しんでいました。あんなに食べるのが好きだったのに食べなくなってしまったから。
――ああ……。
西山 でも私の性格を分かっていたので、何を言っても私のストレスにしかならないと思って、ただ見守り続けてくれていましたね。
過酷なダイエットで、生理が3年くらい止まってしまった
――なぜそこまで過酷なダイエットにのめり込んでいったのか。
西山 現場の先輩を見ては、なんであんなふうにカリンコリンに痩せられるんだろう、とため息をついて、ひたすら間違ったダイエットが止まらなくなっていきました。今振り返ると、完全にミスだったなと分かるところまで行ってしまったんですけど、当時はそれが正解だと信じて疑わなかったんですよね。
私、最初の撮影で、私だけデニムが入らなかったんです。その時の申し訳なさ……。じゃあこれはあの子に回そうか、マキには何を穿かせようか、という会話が飛び交って、商品として使いものにならない感覚をすごく味わいました。
だって先輩たちはピンで余った部分を留めていたりするんです。そういうのを見て育つと、良し悪しが分からないまま目標にしてしまって、私みたいになってしまうんですよね。自分では気づけない。生理も3年くらい止まってしまったのに。
――3年生理が止まっても、ダイエットをやめられなかった。
西山 でも、自分自身に向き合ったところで太れと言われるだけなんだろうな、と当時は思っていて。生活も不安定で、原因は全部分かっているんです。でも『CanCam』の中では成り立っている。街で声もかけてもらえる。私、だんだんと地元に帰るのも怖くなって。
――大好きだった長岡にですか。
西山 『CanCam』でどんどん自分が出来上がっていくと、その分地元のみんなが離れていっちゃう気がしていました。何やってんだあいつ、って。ちょうど自分自身が迷子になっていた時期と重なっていて、東京と長岡、どちらにも居場所がないような感覚でした。




