戦地から帰還した兵士が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し、家族へ暴力をふるったり、アルコール依存に陥ったりする「戦争トラウマ」。大阪在住の藤岡美千代さん(67)は、戦争トラウマを抱えた父・古本石松さんから、物心がついて以来、激しい暴力と性暴力を受け続けてきた。
「下半身だけ露出したまま自転車を押して歩いていた」「死ぬぞ」——戦地から戻った父が繰り返した奇行と、家族を飲み込んでいった激情の濁流。その壮絶な日々を、美千代さんは今、語り始めている。
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「下半身だけを露出したまま自転車を押して…」復員した父の奇行
父・石松さんは1922年(大正11年)、鳥取の農家に生まれた。19歳で海軍に志願入隊し、千島列島中部の松輪島へ派遣された。空襲と艦砲射撃が繰り返される激戦地であり、終戦後はソ連軍の捕虜としてハバロフスクの収容所へ送られ、3年に及ぶ抑留生活を送った。舞鶴港から復員してきたとき、親戚たちは「こんな石松は見たことがなかった」と証言している。
酒量は増え、奇行は目に余るようになっていく。近所の人から教えられて美千代さんが通りに出ると、父は下半身だけを露出したまま自転車を押して歩いていた。家族が食卓についた瞬間にちゃぶ台をひっくりかえし、飛び散った食べ物を床から拾って食べさせることも日常だった。
「兄や美千代さんを殴りつけ、刃物を振り上げて斬りかかったことも」
さらに奇妙な「ごっこ」もあった。子供たちを軍隊のように整列させ、ガス栓をひねりながら「死ぬぞ」と告げる。何度も繰り返された「心中ごっこ」だ。夜中には突如飛び起きて兄や美千代さんを殴りつけ、刃物を振り上げて斬りかかったこともある。嵐の日、窓ガラスがガタガタ鳴り出すと、父は震えながら涙を流した。
「はっきり言ってました。もう兵隊の足音が、軍隊の足音が聞こえるって。『あいつが殺しに来る』って」と美千代さんは振り返る。
父母の離婚後、8歳の美千代さんと父の3人暮らしが始まると、暴力は完全にタガが外れた。
「私の上にかぶさって…」実父による性暴力
「お父ちゃんは、私の太ももにべちゃべちゃ、唾をつけて何かを押し当ててはいた。こう、私の上にかぶさって、なんか腕立て伏せをしてる」
実父による性暴力である。何日も食べるものがない日が続くなか、美千代さんは低学力のまま、自分の名前しか書けない状態で小学校に通い続けた。
「父がしたことを一切許してはいない」と語る美千代さんが、なぜ父の写真を持ち続け、声をあげ続けるのか。その真意はインタビュー本編で詳しく語られている。
〈つづく〉
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