同日深夜、ファンタジー号から海上保安庁にSOS信号が送られてきた。不測の事態を察知した同庁第三管区海上保安本部は翌25日午前8時半に捜索機を飛ばし、宮城県金華山沖の東約800キロ海上で高度2千500メートルを飛行中のファンタジー号を発見する。

 ところが、捜索機に対して鈴木氏は元気そうに手を振ったり、座り込んだり、重りを捨て4千メートルまで高度を上げたばかりか自らSOS信号を停止。あまりに奇妙な行動だが、捜索機は同氏に飛行継続の意思があると判断して、発見から3時間後の午前11時半に追跡を打ち切った。

 これが風船おじさんが目撃された最後の姿である。

ADVERTISEMENT

風船おじさんはどこに消えたのか

 ファンタジー号が消息を絶って1週間後の12月2日、家族からの捜索願を受け、海上保安庁はファンタジー号が到着する可能性のあるアメリカとカナダとロシアに救難要請を出す。しかし、同号が姿を見せることは二度となかった。

 風船おじさんはどこに消えたのか。当時の気象大学校の教頭は、ファンタジー号の風船の素材が塩化ビニールならば、1日に約10%の割合でガスが抜け海に着水したと見解を述べたうえで「生存は難しいだろう」と推測。

 また一部では鈴木氏が事前に2億円の生命保険に入っており、債務返済のために自ら命を絶ったという噂もある。

 その後、残された家族のもとには何度も無言電話がかかってきて、妻はどこかで生存している夫からの連絡かと期待したが、それも3年ほどで途絶えた。

 その一方、家が1億円の抵当に入っていることもあり、妻は夫が残した借金を払い続けた。家族は、鈴木氏が失踪した後も2年に1度、捜索願を更新。