1992年、風船を付けた自作ゴンドラで太平洋横断に挑み、連日ワイドショーを騒がせた「風船おじさん」こと鈴木嘉和氏(当時52歳)。ピアノ調律師として働く傍ら、巨大なヘリウム風船による空中遊泳に夢を馳せた男の壮大な挑戦だった。

 しかし出発から2日後に突如、消息不明に。彼はいったいどこへ消えたのか……。鉄人社の新刊『知ったら最後、夜眠れなくなる 世界の未解決ミステリー68』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目)

風船おじさんはどこへ消えた? 写真はイメージ ©getty

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フランス映画「赤い風船」に憧れた男

 鈴木氏の人生は騒動に満ちている。1940年(昭和15年)に東京都で生まれ、国立音楽大学附属高等学校を卒業後、ヤマハの契約社員としてピアノ調律の仕事に従事。

 25年近く真面目に勤務した後の1984年、44歳で音楽教材販売会社「ミュージック・アンサンブル」を起業し、ピアノ向けのオーケストラパート付き教材を製作・販売する。1985年には日比谷公会堂で音楽会を主催し、フィナーレに大量の風船を飛ばす演出を導入し、以後、風船を音楽イベントの象徴として用いるようになった。

 ちなみに、風船へのこだわりは高校時代に観て感動した、フランス・パリのメニルモンタンを舞台に少年と風船との友情を描いた短編映画「赤い風船」(1956年公開)の影響だという。

写真はイメージ ©getty

 その後、鈴木氏は事業を拡大し、音楽サロン、雀荘、コーヒーサロン、パブレストランなどをオープンしたが、いずれも失敗。窮地に陥った彼は一発逆転を狙う。