一歩踏み出せない日々から一転、芸能の世界へ

――テレビに出る以前から、芸能の仕事に興味はあったんですか?

天翔 中学生からファッション雑誌を読むのがすごく好きで、いろいろな雑誌を買って読んでいました。それもあり、一番最初に興味を持ったのがモデルの仕事です。すごくなりたくて、こっそり自分でモデルのオーディションを調べたこともありました。

――なぜ応募しなかったんですか?

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天翔 すごくやりたいという気持ちはあったんですけど、一歩踏み出すまでには至らなくて。ただ街中でもモデル事務所などに声をかけていただくことが多くなって「自分もモデルだったり芸能の仕事に挑戦できるのかな」という思いが芽生え始めていたんです。

 でも自分から応募するかというと、そこまでではありませんでした。どこかチャンスがあったら挑戦したいという感じでした。

©釜谷洋史/文藝春秋

――それがデビューした後は、目まぐるしく環境が変わりました。モデルの仕事もしていますが、芸能界は自分に合っていると感じていますか。

天翔 モデルの仕事をやりたいというのが最初のきっかけではあったんですけど、お芝居も、大河ドラマ『どうする家康』で初めてやらせていただいたときに、「こういう表現ができる自分もいるんだ」と驚きました。新しい自分を開拓していく中で、女優という仕事もすごく素敵に感じました。

 今はモデルだけではなく、女優という方向にも自分の新たな魅力を出せる分野があるのかなと、考え方も気持ちも変わっていきました。

――『深イイ話』出演から4年後、2023年の『どうする家康』ではお姉さんの愛さんと一緒に、遊び女役で出演しました。ドラマにはお父さんも織田信秀役で出演していましたね。

©釜谷洋史/文藝春秋

天翔 演技の場は初めてでした。大河ドラマは、すごく歴史のある作品ですし、昔の日本を描く作品なので仕草や目線、所作も一から全部やらなければならず、すごく挑戦的な役どころでした。父はそうしたお芝居を今までたくさん経験してきているので、いっぱい教えてもらいました。

 現場には、そうそうたる大御所の方々がいらっしゃったので、間近でお芝居を見ると全然違って、すごく刺激をもらいました。木村昴さんとのシーンがあったのですが、雰囲気も、お芝居もすごくて。プロの現場を生で体感したのは初めてですし、すごく緊張したのも、今でも鮮明に覚えています。