過酷な現場で演じることへの重圧

――天音さんは、お父さんが演じた『仮面ライダー』を見たことはあったのですか。

天翔 全話ではないんですけど、家にはDVDボックスがあり、昔は父と一緒に見ていました。作品を見ながら、父は「このときは、僕はこういう撮影で大変だったんだよ」と、いろいろなエピソードを教えてくれました。

――藤岡さんは当時、仮面ライダーのスーツアクターもご自身で務めていました。撮影中のけがで、初回放送時には入院していたことも有名ですね。

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©釜谷洋史/文藝春秋

天翔 そうなんですよ。本当に過酷だったそうです。いろいろな試練を乗り越えて撮影していたので、「全身全霊を懸けて日々取り組んでいた」と、撮影時の心構えについてもすごく話してくれました。そんな父の話を聞いて、尊敬の念を抱きましたし、すごく勉強にもなりました。

――それだけの過酷さを聞くと、怖くならなかったですか?

天翔 特撮の現場は厳しい言葉も飛びますし、すごく過酷だというのは聞いていたんですよ。なので、心構えはできていました。でも、実際に現場に入ったら、「ここまで過酷な現場があるんだ」というくらい、すごく大変な撮影でした。

――やっぱり厳しいんですね。

天翔 厳しいですね。スタッフさんも、東映で昔から特撮作品に携わっている方が多くて、父の撮影現場にいたことがある方や、「師匠が仮面ライダーを撮っていました」という方もいて。だからこそ、重圧というか、緊張感もすごくありました。

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 撮影の時期は真夏だったんですよ。アクションのある現場なので、エアコンもない場所で撮影時間もすごく長いですし、カット数も多い。普通の現場よりも動きがあるので、準備や待機の時間もすごく長くて。しかも、現場が廃墟だったり、ほこりの多い場所だったりしたんです。

――特撮の定番ですね。廃墟に行くという(笑)。

天翔 そういう環境の中でも、全員が真剣に取り組んでいたので、「仮面ライダーはこうした環境を乗り越えてきたんだな」ということを、身に染みて感じていました。

 そして、父が言っていた「常に危険と隣り合わせの現場だった」という言葉。最初はその意味があまり分からなくて、どう危険なんだろうと思っていたんです。けれど、仮面ライダーのようなアクションのある現場には、いつ事故が起きてもおかしくない場面がすごくたくさんありました。現場の雰囲気が厳しいのも、集中力が切れたら本当に事故が起きるからで、いろいろな面で父の言っていたことは「こういうことだったんだ」と納得しました。

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「自分がライダーを受け継いでいくんだ」決意が生まれた瞬間

――実際に仮面ライダーの撮影を経験して、どうでしたか。作品中では仮面ライダーのスーツも着ています。やっぱり感動というか、思うところはありましたか?

天翔 ありました。変身前の本人が仮面ライダーのスーツを着ること自体、あまりないので。あと、仮面ライダーアインズがめちゃくちゃかっこいいんです。フォームには女性らしいラインも出ていますし、オリジナルの1号をオマージュしたデザインなど、とにかくこだわりが強くて、自分の中で一番かっこいい女性ライダーだなと思っています(笑)。