さて、最近のニュースをもう少しさかのぼってみる。プーチン大統領による北方領土・択捉島への初訪問である。
日経の見出しに注目した。
《高市政権の隙突く 定まらぬ対ロ外交》
「隙」とまで書いている。
国との関係悪化を考えるとき、思い出すことが…
日経が比較したのは安倍晋三元首相だった。安倍氏はロシアとの関係改善を進める際、米国、中国、ロシアを同時に見ていたという。高市外交はロシアとの関係改善を模索する一方、中国との関係は悪化している。しかもロシアはウクライナ侵攻後、中国への依存を強めている。なかなか厄介ではないか。
では、その中国との関係悪化を考えるとき、思い出すことがある。昨年秋の「台湾有事」答弁である。日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」について、歴代政権は具体的なケースを明言することを避けてきた。いわゆる戦略的曖昧さである。
ところが高市首相は台湾有事について具体的なケースに踏み込んだ。SNSでは「そんなことをしつこく聞いた質問者が悪い」という擁護論まで飛び交った。
SNSなら、対象に強い言葉をぶつけて「よく言った」と溜飲を下げることもできるかもしれない。しかし外交には相手がいる。それも一人ではない。ときには強く出て、ときにはあえて曖昧にする。あっちを見ながら、こっちも見る。そうした「複眼」が必要なのだろう。
さて、私が興味深いと思ったのは外交の専門的な評価そのものではない。国内と国外での高市首相のギャップである。国会には圧倒的な数がある。SNSでは、自分が言いたいことを、自分が言いたいタイミングで発信できる。なんだか無敵である。
外交ではそうはいかない。支持者の喝采や数の力のなかで見えにくかったものが、相手の反応という「結果」で可視化される。この国内外のギャップが面白い。国内では「無敵」に見えても、世界はそう簡単には忖度してくれない。