ところが最近、この国内の無敵感にも少し変化が出てきたのではないか。高市首相のXを見ていると、むしろ焦りのようなものまで見えてくるのである。「寝ていない」ことを自ら訴えた投稿もそうだった。先日のサナエトークン関連のポストでは、自ら説明したことで国会答弁との整合性が新たに問われた。
「今でもゴキブリを含めて虫を殺すことができません」
そして今度は『火の鳥』からゴキブリである。22日、高市首相は手塚治虫の『火の鳥』が好きだったという話から、《そのせいか、大人になった今でもゴキブリを含めて虫を殺すことができません》と投稿した。
妙に感心してしまった。なるほど、こういう「発想」でいろいろ「説明」しているのか。まず「自分に非はない」という地点から話が始まり、そこに自分なりの解釈をつないでいく。『火の鳥』からゴキブリまで飛んでいく。なかなかの跳躍力である。
もちろん、この投稿自体は他愛のない話だ。しかし、サナエトークンのポストとなると、政治的にはなかなか大きな跳躍になった。説明しようとするほど、かえって新しい疑問が出てくる。
外交で見えていた「余裕のなさ」が、国内でも見え始めた。しかも、それがいちばんよく見えるのが本人のXなのだから面白い。
そんななか、信濃毎日新聞が興味深い社説を掲載した。
「首相のSNS 記録に残る発信が必要だ」
高市首相のXは個人アカウントとされ、現在は公文書として保存されていないという。
同紙は、
《殊に高市首相は、近年の首相たちに比べて国会出席や取材対応の機会が少ない。》
とも指摘している。
国会や記者会見には問い返す相手がいる。そして記録も残る。どうやらXのほうが居心地はよさそうである。そう考えると、だったらXもなおさら残しておいたほうがいいのではないか。『火の鳥』からゴキブリへ。サナエトークンの「説明」では国会答弁との整合性まで問われた。首相が何を考え、何と何をつなぎ、それをどう説明したのか。「ゴキブリ」ポストだって、高市氏のものの考え方を知るための、なかなか貴重な「公文書」ではないか。
