佳境に突入したプロ野球パ・リーグの優勝争い。首位・ソフトバンクを、西武と日ハムが追撃中だ。中でも、監督就任5年目の新庄剛志監督が率いる日ハムは、10年ぶりの優勝に向けてラストスパートをかけている。日ハムといえば、新庄監督就任直後こそ低迷したが、今や優勝争いの常連に成長を遂げた。新庄監督はチームの何を変えたのか。ノンフィクション作家の鈴木忠平氏が綴る。

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プレーヤーとしての深い挫折

 名護の球場ではバッティング練習が始まろうとしていた。郡司裕也(28歳、捕手)はバットを手にグラウンドへ出た。すると新庄がふらりと歩み寄ってきた。何か打撃についての指摘があるのだろうかと身構えたが、新庄は1月分の給与の振り込みはあったかと訊いてきた。

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就任5年目の新庄剛志監督 Ⓒ時事通信社

 前年シーズンの郡司はほとんどの試合に出場し、クリーンアップを打った。推定年俸は5500万円から倍増し、俗にいう大台に乗った。プロ野球選手は年俸という形で報酬が決まるが、支払いは月ごと12等分に割って支払われるため、選手が最も自分の価値を実感するのは、新しい年の1月分の振り込み額を見た瞬間なのだ。新庄はそのことを言っていた。

 郡司が頷くと、新庄は微笑み、「気持ちええやろ」とグータッチをすると、高らかに笑いながら去っていった。

 一体、何を伝えたかったのだろうか。そもそも何かを伝えようとしていたのだろうか。郡司は不思議な気持ちになった。もちろん新庄はきめ細かな洞察に基づいて、プロ同士にしか分かり得ない技術的アドバイスをくれることもあるが、時折こうして、この仕事について、あるいは人生について考えさせるような一言を残していく。振り返ってみれば、初めて会った日もそうだった。

 もともと郡司は名古屋を本拠地とする中日ドラゴンズの選手だった。東京六大学野球の三冠王として、慶應大学からドラフト4位で入団した。だが周囲の期待に反して、プロ入りから3年間をほとんど二軍で過ごした。