「私はただ彼の欲求を満たすための道具だった」彼氏と別れた“きっかけ”は?
――どこかへ遊びにいくようなことは。
川越 なかったです。彼との記憶は、それしかありません。でも、当時はそれも一種の愛情表現なんだと思っていました。
そんな毎日を送っていたんですけど、ある日、「俺の家に来るってことは、そういうことだからね」と言われて、「ああ、私はただ彼の欲求を満たすための道具だったんだ」と一気に冷めてしまって。「そこに愛はなかったんだな」と気づいて、別れました。
――噂が原因で別れることになった彼氏もいるそうですね。
川越 その彼は幼なじみだったんですけど、私が家に帰る途中、たまたま別の男の子と一緒に歩いていたんです。それを後輩が見て写真を撮って、「あいつ浮気してるぜ」って島中に広めて。
私はそんな噂のことはなにも知らないまま、夜中に彼から山奥に呼び出されて。「浮気するようなやつとは付き合えない」って、一方的に振られました。
理由も聞かせてもらえず、私は歩きなのに、彼は自転車で走り去ってしまって。寒い12月の夜の山奥に、1人置き去りにされました。
東京の調理師専門学校へ進学、実技でトップを争い嫉妬の嵐
――高校卒業後に上京して、調理師専門学校に。
川越 本当はイルカの調教師になりたかったんです。でも、すごく現実的に将来のことを考えてしまって。もし調教師になれたとして、怪我をしたらどうなるんだろう、60歳になったらどうなるんだろうって。次のキャリアアップが見えなかったんです。
「じゃあ、一番長く続けられる仕事って何だろう?」と考えたときに、祖父母のお店が思い浮かんで。飲食店なら、おじいちゃんおばあちゃんみたいに最後まで続けられる。
調理師免許を取れば、先生にもなれるし、研究者にもなれる。海外にも行けるし、家族にご飯も作ってあげられる。すごく夢があるなって。
――もともと料理をするのは好きだったのですか。
川越 はい。小学生のとき、私をいじめていた子たちを家に呼んでご飯を作ってあげていました。腹は立っているのに、誰かに食べてほしくて。「嫌いなヤツにでも食べさせたい」と思うくらい、人に振る舞うのが好きだったんですよ。
高校時代も、3年間毎日違うお弁当を作っていました。それもあって、自分は料理が得意なのかもしれないと感じていましたね。
――池袋にある専門学校に通っていたそうですね。
川越 関東で一番大きい調理師専門学校に行ってました。専攻は西洋料理で。和食も良かったんですけど、洋食はアートだと思っていて。日本料理よりも先に海外のことを知ってから、日本のことを学びたいという気持ちがありました。
実技の成績はトップクラスでした。生徒が1000人くらいいる中で一番優秀なAクラスに入って、その中でもトップを争うくらい。勉強も、そこから頑張るようになりました。校長先生とも仲良くなって、また嫉妬の嵐でしたけど。
撮影=細田忠/文藝春秋
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

