「せんしゃがきちゃった!」「おむかえにきて!」──少女の悲痛な叫び
なお、ヒンドが命を落とすわずか3日前の2024年1月26日、国際司法裁判所(ICJ)は、ガザのパレスチナ人がジェノサイド条約によって守られるべき立場にあり、その保護がいま緊急に問題となっていると認めた。そのうえでイスラエルに対し、条約上の義務の遵守や人道支援の実施を可能にするための措置などを命じる暫定措置命令を出した。ヒンドの死は、まさにそのような国際法上の警告が発せられた直後に起きた。その後ICJは追加の暫定措置を命じ、事件は本稿執筆時点でも係属中である。
たしかに現実の暴力の前では、国際法はあまりに無力に映る。だがそれでもなお、犠牲を記録し、事実を積み上げ、法的責任を問い続ける営みを手放してしまえば、悲劇は忘却とともに反復される。私たちがヒンドらの死に向き合うとは、世界の無力さを嘆くだけでなく、なおも法と記録と言葉を手放さないことではないか。
ヒンドの「せんしゃがきちゃった!」、「おむかえにきて!」という悲痛な叫びを、どうか少しでも長くあなたの耳と心に残していただきたい。本作を通じてガザの虐殺を改めて目撃した我々にとって、それはせめてもの使命なのではないだろうか。
INTRODUCTION
第82回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)を受賞し、第98回アカデミー賞国際長編映画賞にもノミネートされた実録ドラマ。2024年にパレスチナ・ガザ地区で起きた悲劇を基に、『フォー・ドーターズ』(23年)のカウテール・ベン・ハニア監督が、実際の通話記録を劇中に組み込む演出で制作した。製作総指揮にはブラッド・ピットやホアキン・フェニックスらが名を連ね、極限下の少女の叫びと人道支援の最前線を世界に問いかける。
STORY
2024年1月29日、パレスチナ赤新月社(赤十字社と同様の人道支援団体)に一本の緊急通報が入る。それは、銃撃を受けた車内に一人取り残された6歳の少女ヒンドからの助けを求める声だった。周囲には亡くなった家族、外にはイスラエルの戦車が迫る絶望的な状況下で、ボランティアたちは電話越しに彼女を励まし続け、救出のためあらゆる手を尽くす。ヒンドとボランティアたちの実際の音声記録を軸に、少女の孤独な恐怖と、彼女を救おうとする者たちの葛藤と祈りが交錯する緊迫の数時間を描く。
STAFF & CAST
原題:THE VOICE OF HIND RAJAB/監督:カウテール・ベン・ハニア/出演:サジャ・キラニ、モタズ・マルヒース、アメル・レヘル、クララ・フーリ/製作総指揮:ブラッド・ピット、ホアキン・フェニックス、ルーニー・マーラ、アルフォンソ・キュアロン、ジョナサン・グレイザー、マイケル・ムーア、スパイク・リー/2025年/チュニジア・フランス/89分/配給:スターキャットアルバトロス・フィルム/© MIME FILMS - TANIT FILMS/2026年9月4日より全国公開

