地中に埋められ、蓋をされたかつての川を「暗渠(あんきょ)」と呼ぶ。熱烈なファンをもつ暗渠の世界で、仙台は特別な聖地だ。性格の異なる2本の暗渠が地下で交差するという「暗渠の立体交差」は、『ブラタモリ』でも紹介され、暗渠ファンのタモリを興奮させた。
書籍『47都道府県・暗渠百科』(丸善出版)より、仙台の“愛され暗渠”を紹介する。(全4本の2本目)
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四ツ谷用水(仙台市)─杜の都の骨格を成す“愛され暗渠”─
四ツ谷堰とも呼ばれ、伊達政宗の時代に開削され元禄時代には概ね完成していた用水路であり、広瀬川から取水し、青葉城下をくまなく流れていた。上下水道の整備が進むと生活用水としての利用が減少したため、明治から昭和以降に暗渠化が進んだ。ところが四ツ谷用水本流は今は工業用水(仙塩工業用水道)として使用され続けているところに一つの独自性がある。
取水口は明治に付け替えられて以降、四ツ谷堰(青葉区郷六)がその始まりである。郷六からは隧道をいくつも使って流れてくるため直接的には追いにくく、アクセスしやすいのは大崎八幡宮周辺からだろう。大崎八幡宮の参道には太鼓橋がかけられ、下を暗渠の四ツ谷用水が流れるという風景を見ることができる。
八幡宮周辺では四ツ谷用水上は道路とはなっていないため、回り込みながらの観察だが、八幡4丁目あたりからは暗渠の隣や暗渠上を歩けるようになる。へくり沢(後述)との暗渠同士の立体交差や、春日神社に残る記憶絵、洗い場跡など、見どころが連続する。東北大学星稜キャンパスの前で北六番丁通りと一体化し見えなくなるが、その手前で斜めの水路敷を確認できる。
北六番丁通りを東に進むと、愛宕上杉通との交差点に上杉山橋の親柱と説明の碑が現れる。ここにかけられていた上杉山橋の親柱を小学校の先生が見つけ、生徒たちが仙台市長に残してほしいと手紙を書いたことから、このように残されたという。
四ツ谷用水の支流のなかには、仙台駅近くを通過するものもあり、例えば「ハピナ名掛丁」と「クリスロード」の境目部分が用水の流れていた位置である。痕跡を示すように両商店街の境目には斜めのラインが描かれていて、四ツ谷用水の存在を道行く人に伝えている。また、五橋という地名は、分流に大小五つの橋がかけられていたことからきているなど、仙台に与えた影響は大きい。
四ツ谷用水の人気は高く、市民団体などとの連携により作成された「四ツ谷用水再発見!デジタルマップ」では豊富な注目スポットを紹介してくれる。古写真や絵図、地下水路部分なども掲載され、これを片手に歩けば四ツ谷用水を踏破できるうえ、理解が深まる優れものだ。
