いまや虎のエースといえば、誰もが村上頌樹の名を挙げるだろう。そんな彼も、わずか3シーズン前はプロ未勝利で開幕を迎えた無名投手だった。しかし、4月の巨人戦に登板すると、7回までパーフェクトピッチを見せる。球場には「初勝利が完全試合」というNPB史上初の快挙に対する期待が高まっていた。
そんな中、当時の指揮官だった岡田彰布は村上の交代を決断する。この時、ベンチ裏では何が起きていたのか。デイリースポーツで長らく「岡田番」を務めた西岡誠氏による新著『7657日の孤独 岡田彰布は阪神タイガースに何を遺したのか』から抜粋してお届けする。
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快投の裏で投手コーチが感じていた「懸念」
出番に飢えていた右腕は、鬱憤を晴らすように躍動する。
初回をわずか8球で三者凡退に抑えると、巨人打線を手玉に取って凡打の山を築く。智弁学園の2学年先輩である4番・岡本に対しては、2回裏の第1打席に148キロの高め直球で空振り三振を奪う。5回もセカンドファールフライに封じる。
前年、一度も1軍に呼ばれなかったとは思えない球威と制球力は、中盤に入っても衰える気配を見せない。東京ドームのスタンドからは1アウトを奪うごとに歓声が沸くようになる。NPB史上初の完全試合でのプロ初勝利への期待は、試合が進むにつれて大きくなっていった。
スタンドと同様に、3塁ベンチ裏にある阪神のブルペンも沸いていた。
ブルペン担当コーチの久保田智之も、ほかのリリーフ投手たちとともにモニターで村上の投球を食い入るように見つめていた。現役時代に多くの歴史的瞬間に立ち会った男でも、興奮を隠せなくなっていた。
「あの日は試合前、“早い段階で代える可能性もあるから”みたいなことを監督から言われてはいました。村上は開幕の時は中継ぎで、ちゃんと先発の調整をできていませんでしたから、状況を見ながら“早めにリリーフを準備しよう”という感じでした。でも、本当にいいボールがいっていましたからね。いったんリリーフに準備をやめさせるくらいでした」
現役時代に投手だった身として村上に期待する気持ちの一方で、コーチとしての冷静な視線もあった。
「いいピッチングをしていても急に崩れる時もある」
そんな場面を何度となく見てきた久保田が投手陣に改めて準備の指示を出し始めると、しばらくしてベンチと繋がるブルペンの電話が鳴った。ベンチに入っているもう1人の1軍投手コーチ、安藤優也からだった。
