苦い記憶を摘出したら、別の人間になってしまう
――本作では、人間関係における出会いだけでなく、別れも描かれています。痛みを伴う記憶や苦い経験を忘れたい、消したいとは思わないのでしょうか。
伊藤 それ自体も自分だと思いますね。ポジティブな方に持っていくこともできなくて、ただそのまま置いてあるって感じです。辛かったことが夢に出てくることもあるけど、別にそれはそれ。どうにかしたいとかはないです。そこを摘出したら自分は死んで、別の人間になってしまうから。
――一方で、そんなふうに自分を無理に変えようとしない伊藤さんが「魔法のない世界で魔女になるためにはどうすればよいのか」と問うところからスタートしたのが本作でもあります。最後まで書き終えてこうして本になり、改めて、今のご自身は「魔女」に近づけていると感じますか?
伊藤 最初に望んでいた「魔女」からは、どんどん遠ざかっていると思います。自分が理想としていた「孤立している感じ」が維持できなくなってきたし、老いを受け入れ始めました。腰は痛いし、ご飯も全然食べられないし、お酒を飲んだら普通に酔っ払うし(笑)。自分だけは魔女のように「例外」なんじゃないか、という考えは打ち砕かれつつあります。
私が憧れる魔女というのは、「自分の言葉で喋って、自分の頭で考えている人」ですが、今はどんどんそこから乖離しています。むしろ昔の方が「魔女」だったんですよね。
――傍から見ていると、伊藤さんはまさに「自分の言葉で喋って、自分の頭で考えている人」に見えますが……。
伊藤 「なりたい」と言った時点でもう魔女とは距離が発生していたのかもしれませんが、自分自身が心地よく、自分の足で現実を生きられたらとは思っていますね。

