2026年8月22日、ジュンク堂書店池袋本店で開催されたオールナイトイベント「ミッドナイトジュンクラブ」。ジュンク堂書店創業50周年記念企画の一環として、同日の21時30分から23時にかけて、石田衣良さんのトークイベント「石田衣良と池袋ナイト――IWGPの30年」が行われました。
約100人の聴衆を前に、石田衣良さんと文藝春秋の編集者が、池袋ウエストゲートパークシリーズの誕生秘話から、文章のリズム論、長く続くシリーズを書き続けるための哲学と小説の自由まで語り合った様子をお届けします!
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「星占いが背中を押した」――デビューの奇妙な縁
――池袋ウエストゲートパークの連載が始まったのが1997年。ちょうど30年目に入るということで、今日は池袋についてのお話をうかがいます。そもそも、このシリーズはどのようにして生まれたのでしょうか。
石田 実は、きっかけは星占いなんです。1996年に文藝春秋の女性誌『クレア』の6月号を月島のローソンで立ち読みしていたら、「これから2年間、牡羊座には土星が入る。その2年間の間に自分の中にある何かを真剣にクリスタライズさせると、その後の人生が開ける」と書いてありました。それを読んで、真剣に何かを作るんだったら小説かなと思い、翌日から書き始めたんです。ちょうど2年後、1998年に1冊目が本屋さんに並んでいた。本当に不思議な縁でした。
――受賞作となった「池袋ウエストゲートパーク」は、もともとは『小説現代』への投稿を予定していたそうですね。
石田 そうなんです。96年に星占いを見て、片っ端から応募しようと決めて、まず角川の日本ホラー小説大賞に応募するホラー小説を書きました。次に朝日新聞の文学賞向けに純文学っぽいものを書いて。そして3番目に、『小説現代』向けに池袋の話を書いていたんですが、締め切りに間に合わなかったんです。当時、文藝春秋の『オール讀物』の締め切りのほうが2週間ほど遅かった。それで講談社から文春に切り替えました。
30年22巻のシリーズ哲学
――そして、石田さんのように、新人賞の受賞作がそのままシリーズとなって22巻まで達するということはとても珍しいことです。
石田 気が付けば、池波正太郎さんの『鬼平犯科帳』のような長さになってしまいましたね。基本的には、難しいことを考えずにただ書いていればいいというスタンスです。あんまり傑作願望がないんですよ。
――読み返して驚くのは、1巻目から世界がほぼ完成されていること。短編3本に中編1本という構成も、主人公マコトの独白が冒頭に置かれる構成も、1巻目からずっと変わらない。なぜこんなに最初から完成しているのでしょうか。
石田 作家には2つのタイプがあります。最初からわりと完成されているタイプと、書く中でどんどんうまくなっていくタイプ。後者のほうが大きくなるんですよね。それで、前者は国民作家にはなかなかなれないんです。
――そうは言っても、石田さんは7歳のときから作家になると決めていたとか。
石田 そうなんです。なのでデビューが30年後でしょ。30年間苦労したんだから、題材も、読んだ本も、とにかく溜まっていたんですよね。デビューしたというよりは、「ここまで来るのに30年もかかったのか」という感じでした。無理をすれば20代でデビューできたと思いますが、なかなか自分にゴーサインが出せなかった。それが星占いでぽんと背中を押されたのが、30代半ばを過ぎていた頃でした。

