医師として活躍するおおたわ史絵さんは、幼少期から母親の機嫌に振り回され続けた。母は薬物依存症に陥り、長年にわたって家族を苦しめた末に孤独死した。おおたわさんは今、その母娘関係をどう振り返るのか。

 おおたわ史絵さん ©文藝春秋

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「母を殺してしまうかもしれない」限界を超えた日

 父が亡くなると、母はおおたわさんへの依存を強めた。毎日のように電話をかけては「あそこが悪い、救急車で病院に行く」と気を引き、放っておくと親戚に悪口を吹き込んだり、銀行に「娘が遺産を勝手に下ろそうとしている」と電話したりした。父のクリニックの継承手続きや相続書類の整理に追われていたおおたわさんは、ある日ついに限界を迎える。

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「ヘラヘラ笑っている母が近づいてきて、『私のお金ちょうだい、まとめて一括でちょうだいよ』と言ったんです」

 おおたわさんは思わず怒鳴りつけ、持っていた書類ケースを母の肩に叩きつけた。よろけた母の姿を見て我に返り、「このままでは母を殺してしまうかもしれない」と感じたという。それ以来、「今まで育ててくれたことには感謝しています。でもこれから先、頼ることも頼られることもありません」と告げ、電話にも出ない、口も利かない状態が続いた。

 

「あ、この人初めて楽になれたんだ」自宅のベットの上で亡くなっていた母

 父が亡くなってから10年ほど距離を置いたのち、76歳になった母に介護の話をするため、何年かぶりに面と向かって言葉を交わした。母は意外にも素直に話を聞いていた。その矢先、母は自室のベッドの上で息絶えているのが発見された。

「亡くなっている母の顔を見た時、彼女がすごくほっとしているように見えました。『あ、この人初めて楽になれたんだ』と思ったんです」

 おおたわさんはそう語る。母が亡くなった後、ずっと続いていた耳鳴りが急に消え、「世の中ってこんなに静かだったんだ」と感じたという。

 後悔はたくさんある、とおおたわさんは言う。「もっと普通の関係を築けなかったのかとか、もっといい方法はなかったのかとか。でも振り返ってみても正解が見つからないんですよね」。母との長く苦しい歳月、そして孤独死という結末に至るまでの詳細は、インタビュー本編で詳しく語られている。

〈つづく〉

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