幼い頃から常に母の機嫌に振り回され、顔色をうかがいながら育ってきたという、おおたわ史絵さん。やがて母は薬物依存症に陥り、「いっそ死んでくれ」と願うほど、母娘関係に苦しんだという。
依存症専門の外来を受診し、父とともに入院生活を送ったおおたわさん。どのようにして母の薬物依存を断つことに成功したのか。薬物を使えなくなった母が見つけた“新たな依存先”とは――。(全5回の4回目/5回目に続く)
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臨床心理士から「随分長く苦労されてきたのに、よくちゃんと育ちましたね」と…
――父娘2人での入院生活はどうでしたか。
おおたわ史絵さん(以下、おおたわ) 私たちの他にも依存症患者の家族が入院していたため、グループセラピーを通して同じような家族がたくさんいると分かり、孤独感が一気に解消しました。依存症に巻き込まれた人生がすべてではないこと、自分たちの幸せがあることに気付かせてもらって気持ちが随分楽になったと思います。
初めて「外苑神経科」(現在は閉院)を受診した時、同席していた臨床心理士の方から「随分長く苦労されてきたのに、よくちゃんと育ちましたね」と労いの言葉をいただいたのですが、依存症家族の子どもは機能不全家族の中で育つので、アダルトチルドレンになったり、自分も依存症になったり、社会適応能力がなくなってしまうことも多いそうで。
自分では中身がいびつだと思っていましたが、きっと「表向きは普通に生きてこられたね」と言ってくれたんだなと嬉しかったです。
「家族ミーティング」と呼ばれるグループセラピーに参加
――入院先ではどのような治療を行ったのでしょうか。
おおたわ 先ほど話に出ましたが、入院の目的はたった1つで「家族ミーティング」と呼ばれるグループセラピーに参加することだけでした。
群馬県の山奥にある「赤城高原」という自然豊かな場所にホスピタルがあったのですが、入院と言っても病室に閉じ込められるわけではなく、午前と午後に開かれるミーティングに出席する以外は、本を読んだり、散歩をしたりと自由に過ごすことができたのです。
この数日間の入院生活のおかげで、父も私もこわばりきっていた表情が目に見えてゆるみました。つらいのは自分だけじゃないこと。同じ気持ちの人たちがこんなにもいること。それを知ることができた入院生活は、私にとって大きな収穫だったと思います。

