「お葬式には来ませんでした」母は夫の死を受け入れられず…
――お父さんが亡くなって、お母さんはどのような状態になったのでしょう。
おおたわ 共依存がすごかったので、母は相当気が動転していました。葬儀の打ち合わせがあるにもかかわらず部屋にこもって通販チャンネルに釘付けになっていたり、お通夜に出かけようという時になって突然「具合が悪くて行けない、入院する!」と言って救急車を呼ぼうとしたり。
父が亡くなったことから目を逸らしたくて仕方がなかったのだと思います。父の最期、呼吸が止まりそうな時にも、それを見ているのが嫌だったのか、父の口を抑えていましたから。
私は父に1秒でも長く生きていてほしかったけれど、母は「自分の目の前から消えれば、自分が苦しまなくて済む」と思う人なんです。結局、母はお通夜には来ましたが、お葬式には来ませんでした。
父は私への遺書に「ママのことを頼む」と書くくらい母のことをずっと愛していたのに、最後のお別れに母が来なかったことが、本当にかわいそうでなりません。
限界を超えた日「母を殺してしまうかもしれない」
――お父さんが亡くなってから、お母さんとおおたわさんの関係性はどのように変わりましたか。
おおたわ 父という依存場所がなくなったので、私に対して強烈な“かまってちゃん”になってしまいました。毎日のように電話をしてきては「あそこが悪い、救急車で病院に行く」と気をひくことばかり言って、放っておくと本当に救急車を呼んでしまうので、手が付けられない状態でした。
それでも放っておくと、親戚に電話をしてあることないこと私の悪口を言ったり、銀行に電話をして「娘が夫の遺産を勝手に口座から下ろそうとしているから止めてくれ」と言ったりするようになりました。
その頃の母は、お金に対して異常な執着を見せるようになっていました。当時、私は医師の仕事をしながら父のクリニックを継承する手続きや、相続に必要な書類を集めたりなど、雑事をひとりで抱えていっぱいいっぱいになっていたんですね。心の余裕がなかったこともあり、それを手伝いもせず、邪魔ばかりする母に耐えきれなくなって、ある日限界を迎えました。
――何かあったのでしょうか。
おおたわ 私が雑用に翻弄されていたところにヘラヘラ笑っている母が近づいて来て、「ねえ、私のお金ちょうだい。パパの残した分があるでしょ? まとめて一括でちょうだいよ」と言ったのです。
堪忍袋の緒が切れた私は、思わず「もういい加減にして、これ以上私に迷惑をかけないで」と怒鳴りつけ、持っていた書類ケースを母の肩に叩きつけました。
ふらっとよろけた母の姿を見て我に返り、「このままでは母に手をあげてしまう」「母を殺してしまうかもしれない」と思いました。
だから母とはもう距離を置くことに決めて、「今まで育ててくれたことには感謝しています。でもこれから先、頼ることも頼られることもありません」と伝えたきり、電話にも出ない、口も利かないようにしたのです。
撮影=鈴木七絵/文藝春秋
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