――グループ内で特別なポジションを築いたんですね。
望月 そうですね。先ほども言ったようにグループは清純派をうたっていたので派手なメイクがダメだったんですが、私はヤンキーキャラだったので、金髪だし、マツエクもして、アイラインも濃くしていたんです。そうすると他のメンバーの中に私みたいにやりたい子が出てくるじゃないですか。でも事務所側は絶対許可しなくて、メンバーのNG項目を作ったんですけど、その文章に「ただし、望月は除く」って書かれてました(笑)。
「不良だってアイドルになれる」初めて親孝行ができた瞬間
――アイドルをやっていて、これはよかったというのはありますか。
望月 福岡のアイドルフェス「アイドルどんたく」であったり、「TOKYO IDOL FESTIVAL」であったり、大きいステージに立った時ですね。私のようにヤンキーだった人間でもアイドルになって実績を残せている。不良だってアイドルになれるんだと証明できたように感じました。
大きなステージに立てたことで初めて両親がライブを見に来てくれたんです。それまでは他の子が大学受験をする中でアイドルを選んだ私のことを恥ずかしいと思っていたみたいなんですが、結果を出せたことで「私はアイドルという仕事をやっています」と言えて、親孝行が初めてできたかなと思います。
――ただ望月さんはその頃について、以前「裏切られたり、騙されたりして、人を信じられなくなった」と発言されているんですが、どういうことですか?
望月 アイドルをやっている頃に“芸能遊び”を覚えちゃったんです。最初のきっかけは覚えていないんですけど、福岡に仕事でやってきた芸人さんやアーティストさん、アイドルの方の飲み会にだんだん呼ばれるようになって。私は一緒になったことはないんですが、別のアイドルグループの子も何人か、そういう飲み会に呼ばれていると聞いていました。
飲み会に呼ばれるとワンナイトとかもめちゃくちゃ多かったんですよ。でも当時の私は純粋だったから、遊びだとは思わずに「私はこの人に好かれているんだ」と思っていて。だから、遊びの関係だと知った時にすごく傷ついたんです。
ただ、その頃は有名な芸能人に会えるので調子に乗っていましたね。「私ってかわいいし、モテるんだ。そうじゃないとこんな場にいられなくない?」って。HRの他のメンバーは呼ばれていないので、余計にそう思ってました。
――ファンにホストがいたと話していましたが、ホスト通いとかはしていなかったんですか。
望月 ホストクラブには行っていないですね。ただダンスの先生が中洲でクラブを経営していたのでよく遊びに行ってました(笑)。
グループのほかのメンバーには声をかけていなかったみたいなんですけど、先生は「望月はクラブに来ても大丈夫。ただ周りには内緒だぞ」と言って、誘ってくれて。なのでその日のアイドルの仕事を終えた後はバーであったり、クラブでお酒を飲んでましたね。でも仕事には必ず遅刻せずに行っていました。二日酔いの時もあったんですけど(笑)。
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