「悠仁と呼んで」は「佳子と呼んで」を彷彿

 平和記念公園では原爆死没者慰霊碑に白菊の花束を供花し、原爆投下で児童約400名が亡くなった本川小学校の平和資料館をご視察。続けて、神石高原町で開催されたボーイスカウトのキャンプ大会「日本スカウトジャンボリー」に出席された。中高生らの前で公務としては初めての「お言葉」も述べられたのだが、ご自身のテントを設営する際にはこんな出来事があったという。

「他の参加者から呼び方を尋ねられると、悠仁さまは『悠仁と呼んで』と応じられました。佳子さまがかつて、周囲に『佳子と呼んで』と話しかけておられたのを彷彿とさせた。悠仁さまは周囲と打ち解けることを優先するように、ボーイスカウトの関係者たちとタメ口で交流されていました」(宮内庁担当記者)

ボーイスカウトのキャンプで朝食作り ©時事通信社

 シンガーソングライターのHIPPYがステージで歌唱している際には、腕を振りながら、ノリノリな様子でご鑑賞。自ら設営したテントで1泊され、翌朝は6時半頃に姿を見せられた。包丁を握られ、朝食作りにもご参加。その時もフランクな言葉遣いで、豚汁を調理されていたようだ。

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 象徴天皇制に詳しい名古屋大学大学院の河西秀哉教授が解説する。

「この広島ご訪問で、悠仁さまは戦争の悲劇を受け止め、平和を希求するという皇族としての使命感を窺わせました。一方で、タメ口交流に象徴される、秋篠宮家が重視してきた“普通の人らしさ”も垣間見えた。悠仁さまへの期待と不安が()い交ぜになった単独公務だったように映ります」

 上皇の孫世代では、唯一の男性皇族である悠仁さま。いかにして、秋篠宮が述べられるところの「生身の人間」として成長され、「次世代の天皇」としてのご自覚を育まれてきたのか。

上皇の孫世代では唯一の男性皇族 ©時事通信社

《この続きでは、悠仁さまが10代最後の夏に楽しまれた“極秘旅行”の様子、筑波大学の講義や小動物の解剖研究に関する貴重な肉声、小室圭さん・眞子さんの交際を巡る批判に苦しまれた過去、警備拒否や私的旅行など秋篠宮家流の帝王学などについて詳報している。記事の全文は、現在配信中の「週刊文春 電子版」および9月3日(木)発売の「週刊文春」で読むことができる》

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