株価絶好調の半導体大手・キオクシアは、元々は経営不振に陥った東芝が売却した半導体事業に端を発する。元東芝CFO・久保誠氏の証言に基づき、半導体事業売却時の東芝の内幕に迫った。

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エンジニアの地位が低い

「売り飛ばされた」キオクシアの側から見ると、東芝のくびきから解放された今の状態は、外部から言われるほど悲惨ではない。背景には東芝半導体部隊の長くて辛い歴史がある。

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 6月25日の株主総会で太田社長は大見得を切った。

「我々はNAND(型フラッシュメモリ)の発明者でありながら1番ではない。何年かかるかわからないが、1番のポジションを取り返す」

キオクシアHDの太田裕雄社長 Ⓒ共同通信社

 NANDは1986年に東芝の半導体技術者、舛岡富士雄氏が発明した。舛岡氏は東芝社内で、電源を落としてもデータが残り安価に大容量化できるNANDの将来性を訴えたが、「こんなメモリは売れない」と評価されず、東芝はその技術をサムスン電子に供与してしまう。

 やがてデジタルカメラや携帯音楽プレーヤー、携帯電話のメモリとして使われるようになり、東芝もNANDで大きな利益を稼ぐようになるが、先に将来性に気付いたのはサムスン電子やSKハイニックスで、NANDの巨大市場が出現した時点で、それを生み出した東芝は両社の後塵を拝していた。学会では「ノーベル賞級」と言われる発明にもかかわらず、東芝社内で舛岡氏の功績は認められず、部下のいない技監に棚上げされた。

 第一線での研究継続を望んだ舛岡氏は1994年に東芝を辞め、母校東北大学の教授になる。2004年、舛岡氏は「東芝が(NANDやNORなどの)フラッシュメモリで得た200億円の利益のうち、20%は発明者である自分に帰属する」と訴訟を起こし、2006年に和解して8700万円を受け取っている。