――野田さんの事務所である「サンズエンタテインメント」といえば、雛形あきこさん、小池栄子さん、MEGUMIさんなど巨乳グラドルを育てたというイメージです。その中で瀬戸さんはスレンダーですし、かなり異色だった印象です。
瀬戸 そうですよね。サンズの先輩たちと撮影をご一緒することもあったんですが、なんかもう申し訳なくって(笑)。私の売りについては事務所は必死に「お尻だ」と言ってくれてたんですけど、周りは胸の大きな人がいっぱいの事務所だったので、悩んだこともありました。
「年間1000着はビキニを着てました」ほぼ1年間休みがない多忙な生活
――サンズに所属した後はグラビア活動が一気に増えていきます。
瀬戸 グラビアの仕事ばっかりになりましたね。それこそ年間1000着はビキニを着てました(笑)。当時はほぼ1年間休みがなくて、1つの現場で多い時は20着もビキニを着ていたので。現場に行ったら衣装があって、水着があってという感じだったので私服なんてもうパジャマみたいなもので、そのまま現場に行ってました。
――野田社長といえば厳しいイメージがあります。実際はどうでしたか。
瀬戸 厳しかったです! 仕事がない日は、事務所の中にあったレッスン場で日本舞踊、ダンス、お芝居、歌と1日中レッスンがあったんですよ。しかも当時のマネージャーさんにお昼休憩の時に「半径150メートル以上行くな!」と言われて、そこまで言うかと(笑)。
あと仮に休みの日があったとしても、マネージャーさんから前日の夜まで教えてもらえないんですよ。だから何の予定も立てられない。遊ばないようにと管理されていたんだと思います。
――ものすごい管理ですね。
瀬戸 ある時、夕方の5時に渋谷のスクランブル交差点にいたら野田社長から電話がかかってきて「お前、今渋谷にいるだろ」と言われてびっくりしたこともあります。「GPSがついているのかな?」と思ったくらいです(笑)。
なんか常に誰かに見張られている感覚で、歩いていても周りがみんな敵だと思っちゃったこともあります。
「私だって人間なんですよ!」と感情を爆発させたことも
――それだけ管理されていると息苦しくはないですか。
瀬戸 自分が人間ではなく、事務所にとって商品なんだなと感じて。それは、今思えば当たり前のことなのですが、当時の自分には息苦しかったです。マネージャーさんに何度か「私だって人間なんですよ!」と感情を爆発させたこともあります。
それに対してマネージャーさんは「大事にしてるからだよ。だから売れようね」となだめる感じでしたね。今振り返ると、それぐらい大事にしてもらったのかなとも思うんですが、心と体のバランスを取るのが本当に大変でしたね。




