2000年代に人気グラビアアイドルとして活躍した瀬戸早妃さん(41)。俳優としても『花より男子』『水戸黄門』(ともにTBS系)などに出演していた。
2007年の突然の休業後はニューヨークで舞台の勉強をしていた彼女だが、渡米初日に荷物を盗まれる波乱の日々だったという。さらに直面した芸能復帰の難しさから、アパレル会社を立ち上げた理由についても明かしてくれた。(全4回の3回目/4回目に続く)
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「ニューヨークにはトータル2年ぐらい行ったり来たりしてました」
――瀬戸さんは事務所を辞めた後の2007年に、ニューヨークに留学します。何でニューヨークだったんですか。
瀬戸早妃さん(以下、瀬戸) 舞台が好きだったからです。ミュージカル『レ・ミゼラブル』を見て感動して「自分もいつかこの舞台に立ちたい」と思って。
そのためには歌とダンスは必須だと考えたんです。ニューヨークにはトータル2年ぐらい行ったり来たりしてました。
――今ほど円安ではないとはいえ、結構お金はかかりますよね。
瀬戸 お金はかかりましたね(笑)。ただ事務所に所属していた頃、お金を使わないで貯金していたこともありましたし、所属した後半は歩合制だったので。結構いただいてたんですよ。
例えば、TBS『オールスター感謝祭』の赤坂5丁目ミニマラソンの賞金だったり、あと私、フジテレビの『逃走中』で2回逃げ切ってるんですよね。その賞金がニューヨークでのお金になりました。実は、小学校では6年間ずっとマラソン大会1位で、中学校では陸上の仙台市大会で優勝しているんですよ。
「初日にいきなりスーツケースを盗まれて…」ニューヨークでの洗礼
――ただニューヨーク初日にいきなり大変な目にあったとか。
瀬戸 はい(苦笑)、住む場所は6人くらいが同居する格安の寮にしていたんです。でもそこで私のほぼ全ての荷物が入ったスーツケースをイタリア人の子にいきなり盗まれてしまって。初日にいきなりニューヨークの洗礼を受けました。
部屋に荷物を置いて、近所へ散歩しにいったら、幸いパスポートと財布は持ってたんですけど、それ以外の荷物がすべてなくなっていたんです。
もう怖くて、そこには住めないなと思って。街をトボトボ歩いていたら、腰まである白髪の長髪のダンディな日本人のおじ様が「どうしたの? 大丈夫かい?」と声をかけてくれて。




