その方が20年くらいニューヨークに住んでいる、日本の伝統芸能に携わる武士のような方だったんです。「何かあったらいつでも連絡しなさい」と連絡先を教えてもらって。
そこからはその方にごはんに連れて行ってもらったり、いっぱい助けていただきました。あとニューヨークに住む日本人のコミュニティも紹介していただいて。
コミュニティではニューヨークのカメラマンさん、ダンサーさん、あとテレビ局の方とか、ニューヨークのスタッフさんたちとすごく仲良くさせてもらって。
他にもいろんな日本人の方にニューヨークを案内してもらったり、交通費がかからないようにとタクシーにも一緒に乗せてもらったりしてました。
「道端で1日100人ぐらい…」2週間で英語がペラペラになった理由
――人に恵まれましたね。ニューヨークに行く際に英語が話せなかったそうですね。「これだけ話せれば大丈夫、英会話32フレーズ」みたいな簡単な本だけ持って行ったとか。
瀬戸 それを行く飛行機の中で、ひたすら読んだだけです(笑)。でも2週間でペラペラになりました。
――えっ、2週間でですか?
瀬戸 ニューヨークではダンスと歌と英語の学校に通っていたんですが、英語については「もうここで学ばなかったら何もなくなる」と背水の陣で。道端で1日100人ぐらいのニューヨーカーに話しかけてました。本で学んだフレーズを全部使ってとにかく話しかけてました。
お店に入っても、別に話す必要がないのに、きょうはこの単語を絶対使うぞと決めてお店の人と会話をしたり。あと道端ですれ違う人に必ず挨拶をするようにしていました。
そうしたら向こうが返してくる言葉って、まあ10人いたら10人違う。そうやってどんどん体で覚えて言ったら、会話ができるようになったんです。
――もともと瀬戸さんは進学校に行っていましたし、頭がよかったのもあるのでしょうが、それにしてもすごいですね。ニューヨークでの生活は充実していましたか。
瀬戸 東京にいたときは、良くも悪くもすごく守られ管理されていたんですよね。歩いている時も人目を気にして帽子をかぶって下を向いていました。
ニューヨークでは、雪が降ったら地面に大の字で寝たりしても誰にも怒られない。私が多少失敗したところで、誰も見ていない。それがなんだかうれしくて。「私は生きている。上を向いて歩いている」と感じていました。




