楽しかったニューヨークでの生活…でも「住みたいとは思わなかった」ワケ
――ニューヨークにはトータルで2年ほどいたということですが、最初はどれくらいの期間だったんですか?
瀬戸 最初は1年間です。実際には、ずっと1年間いたわけではなくて、当時は観光ビザで、3カ月までしか滞在できなかったので行ったり来たりしていました。3カ月たったら日本に帰ってきて、帰国した次の日にすぐまたニューヨークに行く。
だから入国審査で「君は昨日帰ったのに、なんでまた今日やってくるんだ」と言われて「I LOVE NY」と言ってました(笑)。
――そこまでニューヨークが楽しかったのなら「向こうに住みたい」とは思わなかったんですか?
瀬戸 住みたいとは思わなかったです。日本で芸能の仕事をやりたいと思っていたので。そのためにニューヨークで歌やダンスの学校に行ったり、ブロードウェイのミュージカルを見て頑張って勉強していました。
芸能活動再開後、「映画で脱ぎませんか」というオファーも…
――2年がたち、ニューヨークから戻ってからの芸能活動はどうでしたか。
瀬戸 「サンズエンタテインメント」の野田義治社長に「もう一度サンズに戻りたい」とお願いしたんですが、「それはできない」と言われて。
代わりにサンズにいたマネージャーさんが独立して作った事務所があったので「そこに行ったらどうか」と野田社長から勧められて、その事務所に所属しました。
仕事は小劇場の舞台に出たり、ドラマのちょっとした役をやったり。一番多かったのはVシネマです。あとは単館系の映画とか。何十本もやりました。ただ今後こうした仕事を続けて10年、20年先まで食べていけるのかと考えるようになりました。
あと地方の競輪場のイベントだったり、パチンコの営業の仕事もありました。そういうお仕事はギャラがよかったりもしたんですが、「これって本当に私がやりたいことなのかな」という気持ちは、ずっとありました。
――グラビア時代に「この先は脱いだり、アダルトな方向に行くんじゃないか」といったことをかなり言われた、という話を拝見しました。
瀬戸 ありましたね。グラビアアイドルにはよくある話なんですけど、「映画で脱ぎませんか」というオファーですね。何本も来ました。でも、全部断りました。
ただ、断り続けていると「これで嫌われるのかな」と心配になることもあったんです。でも最終的には、やっぱり私にはできないと思って。
主演映画でベッドシーンに挑戦したことはあるんですけど、大事なところが見えないように本当に上手に綺麗に撮っていただいて。私としては、そこが限界でした。




