3年の月日を費やした渾身の長編作品

『襷がけの二人』は、大正から昭和、激動の時代を生きる女性たちの物語である。平凡な顔立ちの千代が嫁ぎ先で出会ったのは、料理の腕が抜群でてきぱきと立ち働く女中頭の初衣。東京下町を舞台に物語は展開していく。

 二人は一つ屋根の下で暮らすうちにいつしか絆が芽生えていくが、時代は太平洋戦争に突入。米軍の敵機が襲来するようになり、ある日、予想もつかない事態に陥ってしまう――。「二人一緒なら、どこへでも行けます。だって、生きているんですもの」という物語のラストに出てくる千代のセリフは、それまでの二人の軌跡を思うと、読者の胸を熱くさせるにちがいない。

『襷がけの二人』に見入る三九ちゃん。(撮影:杉山秀樹)

――今回文庫化される『襷がけの二人』は長編ですが、執筆にどれくらい時間がかかりましたか?

嶋津 脱稿(原稿をすべて書き終えること)まで3年かかったんです。そこから直しをさらに半年。でも、ずっとガリガリ書いていたわけじゃなくて。途中でコロナの時期もあったし、先代の猫を2匹見送った時期は2ヶ月もの間まったく書けませんでした。もし連載のような形だったら、今ある濃度は出せなかったと思っています。締め切りに追われず、「この作品に賭けるんだ」という思いでじっくり向き合えたからこそ、今の形にたどり着いたのではないかと。

――途中でかなり試行錯誤されたのでしょうか。

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嶋津 そうですね。第一稿を書き終えたあと、後半の話の筋をがらっと変えたんです。変えた結果、物語の前半と後半がちょっとアンバランスで荒削りな部分があると自分では思っています。でもその分、熱量みたいなものは文章に込められたと信じています。拙い筆で時間をかけて書いたからこそ出せた熱量というか。

嶋津輝さん。(撮影:杉山秀樹)

――脱稿し、それがゲラ(本文などの内容を確認するための校正刷り)となって読んだときはいかがでしたか。

嶋津 ゲラで読むと、原稿のときに分からなかったことがありありと見えてきます。売り物(本番)の体裁となったフォント(文字のデザイン)やレイアウトで見ると、自分の文章を客観的に見直すことができます。

 このときは、これは商業出版のレベルに達していないと恥ずかしくなって、ゲラが真っ赤になるくらい直しました(ゲラを赤字で修正するため、修正箇所が多いと「真っ赤になる」という)。丸ごと差し替えをお願いした箇所もあって。そうしてようやく、なんとか世に出せるレベルに持っていけたと思います。

 作品に込めた熱みたいなものが、読者に伝わってくれたら嬉しいです。これを完成させれば、またどこかから依頼が来るんだって信じながら書いた3年半でしたから。

パソコンの待ち受け画面は、もちろん猫。左上の窓際に置かれた写真の2匹の猫たちは先代の猫。(撮影:杉山秀樹)