舞台としての谷根千――高低差と人の営み
――谷根千の下町界隈はレトロな街並みで知られますが、『襷がけの二人』やこれまでの嶋津さんの作品の舞台にもたびたび登場します。
嶋津 書きやすいんですよね。自分がずっと住んでいてこの地域が好きというのが舞台に設定する一番の理由です。昔は根津遊郭がありましたし、お寺もたくさんあって歴史の面影が感じられる街。人の営みが伝わってくるあたたかな雰囲気も気に入っています。
あと、土地に高低差があるというのも良いですね。このエリアは坂や階段が多くて、根津も谷中も地名が「水」を想起させます。根津は水(川など)に近い低地で、谷中は谷の中。たとえば、「散歩しながら坂を上る、下る」といった描写が作中でできるので、舞台にしやすいということもあります。
人物造形は「消極的性善説」で書く
――登場人物に徹底した悪人が出てこないのが印象的です。たとえば、本作『襷がけの二人』では、主人公の千代に悪口を言うおタケさんという女性も、完全な悪人ではないですよね。
嶋津 なんとなく自分は、消極的性善説というか、自分自身も含めて所詮みんな小物だよねっていう意識があるんです。悪人がいてもせいぜい小悪人レベルというか、そんなにひどい悪人なんて滅多にいないんじゃないかと。市井の人々の普段の暮らしについて書くような自分の作品には、このような人物設定がちょうどいいのかな、と思っています。
――第96回オール讀物新人賞を受賞した「姉といもうと」、アンソロジー『女ともだち』 に収録された「ラインのふたり」など、初期の頃から今までの作品を通じて、女性同士の関係性を描くことへのこだわりを感じます。
嶋津 村上春樹さんの『女のいない男たち』の逆で、私は「男のいない女たち」を書くのが好みなんです。なぜかという理由はうまく説明できないのですけれども。
反対に、過去にトラウマを抱えて憂鬱そうな、でも男だけは欠かさない、というタイプの女性主人公がどうも苦手で。そういう得手不得手が表れているのかもしれません。男性に縁が薄そうな人のほうが、なんだか書きがいがあるんですよね。そして、容貌もごく普通で一見目立たない人に人としての味わいを感じる。多分そういう人を応援したいんでしょうね、自分は。
(2回目に続く)