皇室典範では、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と定められており、女性皇族は天皇になれず、結婚すると皇室を離れることになる。1969年4月18日、秋篠宮さまの妹である黒田清子さんが誕生してから、2001年12月1日、現在の天皇皇后両陛下の長女、敬宮愛子さままで、じつに連続して9人の女性皇族が生まれ、皇位を安定的に継承する上で危機的な状況が続いていた。

 この非常時を救ったのが、悠仁さまだった。

「悠仁さま誕生」第一報が飛び込んできた瞬間

 悠仁さまが生まれた日、私は東京・赤坂のTBSテレビで、紀子さま出産の緊急報道特別番組に出演していた。「悠仁さま誕生」の第一報が番組に飛び込んで来ると、出演者たちは一様に驚き、まるで奇跡が起きたかのような興奮に包まれた。

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 紀子さまの実家がある東京・目白では「祝親王ご誕生」の看板や季節外れの鯉のぼりが飾られ、祝賀ムードにあふれた。都心では、「紀子さま男子ご出産」の大見出しが躍る新聞の号外が配られ、道行く会社員たちは奪い合うようにしてそれを読みふけった。

2006年11月、お宮参りに当たる「賢所皇霊殿神殿に謁するの儀」のため、皇居を訪れた秋篠宮ご夫妻と長男悠仁さま 宮内庁提供

性別は事前に聞かなかった

 9月6日午前、執刀した主治医の中林正雄・愛育病院院長と宮内庁の金沢一郎・皇室医務主管がそろって記者会見し、出産前後の親子3人の様子などを説明した。記者からは、「秋篠宮ご夫妻は事前に性別などの情報をお持ちだったのか?」との質問も上がった。それに対して、以下のような回答だった。

中林院長 性別や障害などの情報は、両殿下ともお知りになりたくない、という話だったので超音波の医師にも伝え、医師団の誰も正確な情報を持っていなかった。

金沢皇室医務主管 両殿下とも単に知りたくないということでなく、どんな状態の子どもであっても、自分たちの子どもだから受け入れたいんだというお気持ちが非常に強い。今までもそうだったし、今回もそうだった。非常に感銘深かったので、お伝えしたい。

 9月12日、「命名の儀」が愛育病院で行われ、新宮さまは「悠仁(ひさひと)」と名付けられた。宮内庁によると、「悠」には「長い、ゆったりとした」という意味があり、「ゆったりとした気持ちで、長く、久しく人生を歩んでいくことを願って」命名されたという。