これは実に奇妙な物語だ。2018年のサンダンス映画祭で監督賞を受賞したドキュメンタリー『消えた16mmフィルム』(ネットフリックスで配信中)。始まりは1992年のシンガポール。本作の監督サンディ・タンの青春時代の思い出だ。映画オタクの彼女は19歳の時、仲間と自主映画を撮った。自主制作だが16mmフィルムで撮影する本格作品。タイトルは『Shirkers』(やるべき事から逃げる者たち)。自ら脚本を書き、メガネ娘で実は殺し屋という主役も自ら演じ、シュールで不条理なロードムービーになるはずだったが、映画は公開されず……。なぜなら、監督が70ものフィルム缶を持って消えてしまったからだ。

 フィルムを持ち逃げした監督はジョージ・カルドナという男。映画制作の前年、シンガポール初の映像制作講座で講師を務める彼と知り合った。年齢不詳で米国の映像作家を名乗る彼は、

「金属のような冷たい目」

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 をしていたが、一方で、

「目は冷え切ってるのに態度は温かくて食い違ってる」

 悠揚と映画への愛を語る彼に心酔し、英国の大学へ進学したサンディは一念発起して脚本を書き上げた。それを彼が絶賛し、監督兼撮影を彼が務め、制作が動き出す。母国へ戻る夏休みの2カ月余りで撮影を終え、現像と編集を彼に託し、彼女は再び英国へ。だがその後、待てども彼から完成の報告は無し。連絡も途絶え、遂には消息を絶ってしまう。

 撮影から5年後、突然ジョージから謎のテープが届く。遂に完成かと思いきや、

「ただの砂嵐。中身は無し」

 説明もなかったという。一体、どういうことか、訳が分からぬまま時が過ぎた。

 撮影から19年後の2011年、30代半ばとなったサンディの元へ突如、ジョージの元妻からメールが届く。彼は4年前に亡くなったが、自宅には70ものフィルム缶が大切に保管されていたという。保存状態も良好で、南国の光、街を疾走する少女など、どのカットにも映画への愛と確かな技術が焼き付いていた。ならば、なぜ彼は映画を完成させずに“逃げた”のか。

 謎多きジョージの過去を辿ると、1970年代に彼は米国で映像作家養成学校を設立し、生徒の自主制作映画に撮影や指導者として関わっていた。だが、この時も彼に託したネガフィルムが現像所から消えていた。

「彼の仕業だと思う」

 と当時の教え子は疑う。彼はペテン師なのか。だが、金や性的な関係が目的とも思えないと言う。ならば彼の目的や動機は何なのか?

©佐々木健一

 ある人は「嫉妬」と言う。映画業界を夢見る若者を支援しながら、彼らの成功を妨害する。矛盾に満ちた行為だ。だが、果たしてそれだけが理由だろうか。私はもう一つ、別な理由があるように感じた。歴史に残る名作を作りたいと気負うが故に「完成」が怖くなったのではないか。完成すれば夢が現実に晒され、他人の評価を受ける。夢を現実にして傷つくより「いつか名作を作る自分」のまま漂い続けたい。奇しくも『Shirkers』とは「やるべき事から逃げる者たち」という意味だった。未完成の映画は、時を経て完成から逃げ続けた男の足跡と記憶を追う、もう一つのロードムービーとして完成した。

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『消えた16mmフィルム』
ネットフリックスで配信中
https://www.netflix.com/jp/title/80241061