棋士の「記号か信号」という言葉から生まれた探偵役
ミスおじ 『刑事総務課は眠らない』に話を戻しますと、本作は、ショートスリーパーと不眠症という「睡眠」に関するキーワードが目を引きます。この設定はどこから生まれたのでしょうか。
矢樹 元々、睡眠のことが先に頭にあったわけではなくて、どちらかというと、この短い睡眠の間に見る「夢」をキャラクターの設定として使いたかったんです。普通の人にはありえない思考をする探偵って憧れるじゃないですか。
ミスおじ 憧れますね。超能力みたいな。
矢樹 書き手としては普通の脳しかないのに(笑)、想像もつかない推理をする人っていうのを書かないといけない。それでは、どういう設定だったらそれがあり得るかと考えたときに、長い時間起きていて膨大な記憶をインプットし、それが短い睡眠の間に整理されるんだったら、何かが起きるんじゃないか、と。
おとん なるほど。推理過程を細かく書くのではなく、長い夢の中で一気にやってしまった、という形にすれば、超人的な思考を表現できるわけですね。
矢樹 そうなんです。実は、そのアイデアの元になった出来事があって。私、日本推理作家協会の将棋同好会に所属していて、ある練習会の打ち上げの席に、棋士の先崎学九段がいらっしゃったんです。私は詰将棋でも三手先を読むのがやっとなのに、プロ棋士の方は九手先まで当たり前に読まれると聞いていたので、頭の中でどうやってそれを読んでいるのかを聞いてみました。
ミスおじ すごい世界ですよね。
矢樹 ネットフリックスのドラマ『クイーンズ・ギャンビット』のように映像が浮かぶのかなと想像していたんですが、先崎さんの答えは「記号か信号のようなもの」が浮かぶ、ということだったんです。もう理解不能で、すごいなと(笑)。でも、その「言葉でも映像でもない何かで思考する人間」というのが、探偵や刑事として登場したらおもしろいな、とずっと頭にありました。それで、警察小説のお話をいただいたとき、この設定を活かせないかと考えたんです。
ミスおじ そこから、ショートスリーパーの男性警察官・根津が生まれたんですね。
矢樹 はい。特殊な能力を描くのに、ちょっと苦し紛れに考えたのがこの設定だったというわけです。
ミスおじ その相棒となるのが、不眠症の女性警察官・月代杏果ですね。彼女の不眠症という設定は、ショートスリーパーの根津と対になるように考えられたのでしょうか。
矢樹 そうです。対にする感じで、不眠症にしました。根津のほうは眠らなくても平気だけれども、月代のほうは眠りたいのに眠れなくて悩んでいる、という対比ですね。
ミスおじ 登場人物の名前についてもお聞きしたいのですが、根津の名前は「寝ず」、そして「眠り狂四郎」から「眠り今日四郎」…これは意図していますよね?
矢樹 そうなんです(笑)。柴田錬三郎さんの「眠狂四郎」の逆、ということで。もう、ね、中年センスで申し訳ないのですが。
ミスおじ (笑)。では、月代杏果のほうは何か由来があるんですか?
矢樹 眠りに関する感じではないんですけど、「月」は使おうかなと思っていました。夜のイメージで、名前に漢字の月を入れようと最初に思っていたんです。根津との対になるキャラクターとして。
ミスおじ もじりではなかったんですね。
矢樹 はい。根津のほうはダジャレが入っちゃいましたけど(笑)。
