「ゆっくりとした喋り方」は戦場取材での“生存戦略”
――何度も戦場に行った際、現地ではどのように過ごされていたのでしょう。
渡部 20代から30代前半までは、取材のノウハウやコネも今より全然なかったので、とにかく滞在して現場勘を磨くことを意識しました。
そこでお世話になったのが、格安のゲストハウス。大体どの地域でも、20代の絵描きやミュージシャン、ジャーナリストの卵が、ビザが切れるまで滞在しているんです。
そこで誰かが買ってきた、地元の5ドルぐらいの格安ウイスキーをちびちび飲みながら交流するうちに、現地の生々しい日常に触れることができて、結果的に取材に生きる情報や知恵につながっていくんです。タクシーの値段交渉や、ヒッチハイクのやり方、光熱費を抑えられる調理方法、宗教上のタブーなど……。情報交換を重ねて、現地で実践してみることが、戦場を渡り歩く血肉になりました。
――戦場だけじゃなく、現地で過ごす期間も大事になると。
渡部 戦場取材は、現地入りして、すぐ写真を撮れるわけではないんです。そもそも戦場報道とは「待つ」ことが仕事みたいなものです。ジャーナリストの間では、戦局が一気に動き出した状態を「弾ける」と言いますが、この緊迫する状況は突然訪れるんですね。
その瞬間を捉えるために、拠点近くの激安ゲストハウスに何ヶ月も潜り込みながら、情勢が動くのを待つ。その間に、現地民や避難民の食事、宗派、言語、季節の変化、インフラの確保の仕方などから、地域柄を掴んで、どうやって取材を組み立てようか考えるんです。
――ちょっと意外です。
渡部 ある意味、人々の暮らしを追うこと自体が取材になる。相手から連絡先や名刺を交換できたら、取材はある程度クリアしたと言っても過言ではありません。だからこそ、現地での人間関係づくりが大切なんです。ゲストハウスをはじめ、知り合った世界各国の人とじっくり会話しようとすると、自然と話し方がゆっくりになるんですよね。
――渡部さんと言えばゆっくりとした喋り方が特徴ですが、そんな経緯があったんですね。
渡部 もともと性格も穏やかと言われることが多くて、喋り方もおっとりしていたのですが、より拍車がかかっていった感覚です(笑)。
「心が壊れた」イラク戦争で味わった危険とは?
――戦場では、危険な目に遭う機会も多いかと思います。命を守るために意識していることはありますか。
渡部 ガイドや通訳などと、基本は4人以上で前線を移動するのですが、このチーム編成や連携が取材の成果を左右します。戦場カメラマンという仕事において、最も大切なのは危機管理で、取材は二の次。現地で過ごす労力を10とするなら、8割は危機管理で、残りの2割が戦場に降り立ってからの取材や撮影技術です。
それを痛感したのが、2003年のイラク戦争でした。
――過去に出演された番組で「心が壊れた」とおっしゃっていた取材ですね。




