トレードマークのベレー帽に隠された「秘密」

――本当に、命を落としても不思議ではない状況が日常なんですね。

渡部 戦場で過ごしていると、自ら前線に近づいていくというより、気づいたら戦争に巻き込まれているという感覚なんです。つまり、戦場に突っ込んでいくというより、パパッと写真を撮ってその場から離れる。そうして撤退する際、ガイドや通訳なくしては戻れないことも多々あります。

 取材中も、ガイドさんに「これ以上先へ入ってはいけない」と言われたら、必ずそれに従う。取材を欲張らずに引く勇気を持つことで、怪我をせず日本に戻ることができる。こうした匙加減も、駆け出しの頃に失敗を重ねてきた経験があったからこそですね。

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――渡部さんと言えば、ベストにベレー帽がアイコンになっています。実際に、戦場でも同じような格好をされているんですか?

渡部 はい。このベレー帽は、妹からもらったもので、お守り代わりとして30年近く使っています。昔はもっと大きくてふわふわしていましたが、洗濯ネットに入れて破れないよう丁寧に洗っているうちに縮んでしまいました。でも生地が締まって丈夫になるし、意外と長持ちするんです(笑)。

長らく使う中で、ベレー帽はどんどん縮んでいった(左:本人提供、右:©釜谷洋史/文藝春秋)

 それからカメラベストですが、同じものを10着持っています。ポケットがたくさんあるので、バッテリー、フィルム、レンズ、食料、パスポート、メモ帳とペンが全部持ち運べて、取材の機動性が格段に上がるんです。

――同じものを10着も! やはりこだわりがあるのでしょうか。

渡部 いえ、そこまでこだわりはないですよ。現地のブラックマーケット、いわゆる闇市で安くカメラベストを購入していたというのが大きいです。

 アフリカのように、かつて欧米の植民地だったエリアでは、欧米から流れてきた古着が、現地の市場に大量に並んでいたんです。1990年代当時だと、日本円にして古着が1着5円とか10円ぐらいで売られていて。

――そんな安いんですね。

渡部 カメラベスト以外も、Tシャツやジーンズなども現地調達していましたね。そうすれば荷物も軽量化できて、手ぶらで動けますし、荷物が少ないと検閲でも止められにくくなる。若い頃は、数ヶ月単位で戦地にいたので、とにかく節約しながらの生活でした。(つづく)

次の記事に続く 「戸惑いは、ありました」テレビで引っ張りだこの日々から15年…『戦場カメラマン』渡部陽一(54)の現在

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