「さわやかイレブン」や「やまびこ打線」といった愛称で親しまれ、甲子園で3度の優勝を誇る名門・徳島県立池田高校。山間の公立校を全国的な強豪に育て上げたのが、蔦文也監督だった。昭和に日本中で愛された男は名将だったのか、それとも――。

 “高校野球の神様”になった監督の知られざる謎に迫ったミステリーノンフィクション『監督、神になる 池田高校 記憶の衝突』(著:田中仰)が発売即重版となるなど、大きな注目を集めている。『銀河鉄道の父』で直木賞を受賞した作家・門井慶喜氏による書評をお届けする。〈全2回の初回/後編につづく〉

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“高校野球界最大の謎”を追ったミステリーノンフィクション『監督、神になる 池田高校 記憶の衝突』(著:田中仰)

 子供というのは、強い者が大好きである。無意識に保護を求める気持ちがそうさせるのかとも思うが、私などもその口で、高校野球のテレビ中継を見るときは、きっと常連校を応援したものだ。

記憶に残った、監督の独特な風貌

 和歌山の箕島高校。大阪のPL学園。茨城の取手二高……わけても徳島の池田高校の記憶は鮮明である。何しろ強いのはもちろんのこと、監督の風貌が独特だった。

 もじゃもじゃの白髪。鋭い眼光。上機嫌か不機嫌かわからないガラガラ声。名字が「蔦」というのも何かそんな様子にぴったりで、そうだよなあ、こういう人じゃなきゃチームを優勝させられないよなあと手もなく私は納得したのだった。

 長じて同志社に入学して、私は驚いた。学内誌か何かの卒業生インタビューのコーナーに彼の写真が大きく出ていたからである。記事の内容はおぼえていないが、私にとっては、この人の野性的なイメージは大学のそれとは正反対だったのだ(私が言うのも何だけれども)。そんな思い出のせいもあって本書の表紙をひらいたら、手が止まらず、深夜までかかって読んでしまった。