歯茎が腫れて健康な歯が抜け落ち、全身の血管から血が漏れ出し、ついには何十年も前の古傷までパカッと口を開く“静かなる死神”……。記録に残るだけで200万人以上の命を奪ったその病とは。鈴木悠介氏の著書『R18世界史』(扶桑社)の一部を抜粋して紹介する。
◆◆◆
大航海時代と壊血病
あなたの体に「古傷」はありますか? もう痛みもなく皮膚に馴染んでいるその傷が、ある日突然パカッと口を開き、血が流れ出したらどうしますか? これは大航海時代に何十万人もの船乗りたちに実際に起きた現象で、病気の名は「壊血病」といいます。彼らが最も恐れたのは嵐や海の怪物クラーケンではなく、この静かなる死神でした。記録に残るだけで200万人以上が亡くなったこの病の原因は、たった一つの栄養素、今やコンビニで手軽に買えるビタミンCの欠乏だったのです。
コラーゲン喪失が引き起こす身体崩壊ホラー
なぜビタミンCが足りないだけでこのような症状が起きるのでしょうか。人間の細胞を繫ぎ合わせて形を固定しているのは、強力な接着剤であるコラーゲンです。皮膚、血管、骨、歯茎など全てがこれで繫ぎ合わされています。体内でコラーゲンを合成する際、ビタミンCは不可欠な燃料として働きます。ビタミンCが枯渇すると新しいコラーゲンが作れなくなり、古い接着剤から劣化して剝がれていくのです。
最初の症状は口に表れます。コラーゲンが供給されなくなると、歯茎は腫れて赤黒くなり、健康な歯が抜け落ちます。コラーゲンで補強されている血管もまた同じで、それが脆くなると全身の毛細血管から血が漏れ、紫色に変色した「黒い脚」となります。そして症状のクライマックスが「古傷の開放」です。新しいコラーゲンが作れない体はパニックを起こし、過去の傷跡のコラーゲンを分解して生命維持のためリサイクルしようとします。結果として何十年も前の古傷が再びパックリと口を開き、骨折してくっついたはずの骨は再びポキンと離れてしまいました。船乗りたちは外敵に殺されたのではありません。自分の体の形が保てなくなって、「溶けて」死んだのでした。
