絶望の食卓とマゼランの悲劇
なぜ船乗りだけがこんな目に遭ったのでしょうか。原因は当時の絶望的な食事事情にあります。富と名声を求めて前人未踏の海に漕ぎ出した大航海時代、数ヶ月から数年かかる航海で、船に載せられる食糧は塩漬け肉と石のように硬い堅パンだけでした。マゼランの航海日誌には「ビスケットは粉々の屑とウジ虫の塊で、ネズミの尿の強烈な臭いがした」と地獄の様子が記されています。これらの食糧にビタミンCはほぼゼロです。体内のビタミンCの備蓄は2~3ヶ月で尽きるため、出航から数ヶ月で船員はバタバタと倒れました。マゼランの乗組員約270人のうち3年後に生還したのはわずか18人で、死因の大半が壊血病でした。極限状態の船員は革ベルトを煮込んで食べたりしました。皮肉なことに、内臓にわずかにビタミンCを含む不衛生なネズミを捕えて食べた者の方が生き残る確率が高かったのです。
リンドの発見と組織の壁
18世紀になっても、医学界は壊血病は「海から出る悪い空気のせいだ」と大真面目に議論していました。この状況を変えたのが海軍医ジェームズ・リンドです。1747年、彼は病気の原因は食事にあると考え、壊血病患者12人を六グループに分けて世界初の臨床試験を行いました。硫酸や海水を飲まされたグループがある中、オレンジとレモンを食べた2人だけがわずか6日で劇的に回復したのです。しかしイギリス海軍上層部はこれを無視しました。「たかが果物で治るわけがない」という医学界のプライドと食糧保存の問題、新鮮なレモンは高価だというコストの問題がそうさせたのです。正しい科学が予算の都合と組織の硬直性によって潰され、リンドの発見は40年以上も無視されました。その間にも何十万人もの船乗りが苦しみながら死んでいったのです。
後に海軍は全船にレモンなどのジュースを配給し、健康を維持したイギリスは海を制覇しました。アメリカ人がイギリス人を「ライム野郎」と呼ぶのはこれが語源です。
