しかし戦いは終わらない。伊藤も一分将棋のなか、中段に飛車を打ち、連続王手で玉を動かし、飛車を横滑りさせる。なんということだ、飛車による「王手馬取り」がかかったではないか。再び一同の顔色が失われるが、消去法で「合駒をせずに玉を逃げる」手を発見する。なんと、王手馬取りがかかっても、後手勝ちになる順があったのだ。

 やがて藤井は持ち駒ではなく玉をつかんだ。それは、この対局の、「王位戦の夏」の終焉を告げる手だった。

激闘の果てに

 終局直後、対局室にはいつも以上に疲弊した表情の王者がいた。局後のインタビューで藤井は、「(歩の合わせに代えて)金を打たれていたら負けていてもおかしくないと思いながら指していました」と明かした。「やっぱり読んでいたのか、この化け物は……」と、何人の棋士が心の中で呟いたことだろう。

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 対局者が大盤解説会場で挨拶したのを見届けてから控室に戻ると「次善手を知りたいー!」と國井が叫んでいた。それほどまでに最善手の難易度が高すぎたのだ。ならば「馬を切らずに勝つルートはなかったか」と考えるのが自然だが、その後の感想戦では馬切り以外の手段は検討されなかった。

木村一基九段門下でプロ入りを果たしたばかりの國井勝太新四段 ©勝又清和

 つまり、あの終盤において「次善手」など存在しなかったのだ。それを含めて理解していたからこその國井の叫びだったのだろう。「本当に素晴らしいものを見せていただきました」と何度も繰り返す國井に、青野も静かに頷いていた。打ち上げのスピーチで、青野は國井の言葉を語っていた。

AIを超えた読み

 感想戦では、いつも通り藤井が早口で読み筋をそらんじていて、伊藤も平然と切り返していた。

 盤側で聞いていて、両者の圧倒的な読みに言葉を失う。AIが最善と示した「金を渡して飛車を成る順」について、藤井は「自玉が負け」と読み切っていた。伊藤もその順を読んでいたものの、その後の変化を読み切れず断念したという。

 敗着となった歩の合わせについて伊藤は「ひどい手をやってしまった」と悔やみつつも、「(金打ちから飛車成りを選んでも)あんまり勝ちには見えなかった」と、指しにくかった本音を漏らした。