11月6日に開幕する女流タイトル戦・倉敷藤花戦。福間香奈倉敷藤花に挑戦するのは、女流棋士になって3年、24歳の宮澤紗希女流二段だ。挑戦者を決定するトーナメントでは、元奨励会三段の西山朋佳女流四冠、中七海女流三段を連破して注目を集めた。
実は、宮澤女流二段は中学・高校時代に女流棋士としてプロ入りする資格があったものの行使しなかったことがある。なぜ長く女流棋士にならなかったのか、そしてなぜ最終的には女流棋士の道を選んだのか。学業を大事にしながらも、確実に実力をつけた子ども時代のことなど幅広く聞いてみた。
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中3で女流棋士に申請せず、高3で研修会を退会
――女流棋士になる主なルートは日本将棋連盟の研修会(以下、研修会。男女ともに入会でき、棋士の養成機関である奨励会を目指す人、女流棋士を目指す人、アマとして強くなりたい人の3パターンがいる)でB2クラスに昇級することでした。宮澤先生の場合は、高校生のときに昇級したものの権利を行使せず、大学4年の時に再度研修会B2に昇級して女流棋士になっています。
宮澤 女流棋士資格に必要な研修会のクラスは2回引き上げられ、現在はB1クラス。高校生の時にB2→B1と昇級しましたが、最初に女流棋士に申請すればなれる状態になったのは中学生の時です。中3で14歳の時にC1に上がりました(※2017年度までは研修会C1昇級で女流棋士3級になれる制度だった)。その時は女流棋士になりたいと思っておらず、申請しませんでした。
――1学年下の加藤結李愛女流二段や小高佐季子女流初段が同じ関東研修会でC1に昇級し、中学生や高校入学の時期に女流棋士3級になりましたけれど、自分もとは思わなかったのですね。
宮澤 あまり人のことは気にしないので、思いませんでした。女流棋士になれる実力があるのにならない女性は他にもいて、私もそうだと思われていたかもしれません。
高2のときも同様です。家庭が「大学には行くものだ」という方針で、中学受験をして入った学校もほぼ全員が大学に進学していました。受験のために高2の終わりに研修会を休会し、高3の終わりに退会しました。女流棋士にいつかなるとしても、私は器用に両立できるタイプではありません。両方、中途半端になりそうで。女流棋士に今ならないなら研修会にいる必要もないと考えました。
周りの学生が就職を決めていく時期に女流棋士へ
――中央大学に進学して3年生の12月に研修会に再入会されています。大学では周りが就職活動に力を入れたりする時期ではなかったでしょうか。
宮澤 将来を決めなくてはいけない時期になり、仕事は一生を左右するもの、納得する道を選びたいと真剣に考えました。将棋はずっと好きで、自分はそれを仕事にするのが幸せという考えにいたりました。単位は無事とれて4年で卒業できそうだったので、研修会に再入会することにしました。



