初の女性棋士誕生を懸けた棋士編入試験は、最終第5局を迎えた。挑戦者・西山朋佳女流三冠の悲願達成への期待に、メディアも将棋ファンも沸き上がる。試験官になった柵木幹太四段は、奨励会時代の“戦友”との一戦に、棋士人生を懸けて臨もうとしていた。
また、立会人を務める畠山鎮八段は、西山と福間香奈女流五冠が、奨励会時代から背負い続ける女流棋界の看板の重さを感じていた。編入試験アナザーストーリー最終章は、将棋界への道を切り開いた女性たちへの、棋士たちからのリスペクトの物語である。
第5局 柵木幹太四段戦
「空気読めよ」
SNSに書き込まれた文字を見ながら、柵木幹太は思う。
「そういう考え方があっても当然でしょう。探すつもりがなくても、西山さんに期待する声は目に入ってくる。でも、それだけでなくお互いに良い将棋を指してほしい、熱戦を観たいという声も多くありました。こんなにも注目される舞台で、しかも相手は死にもの狂いで指してくる。棋士がこの将棋を全力で楽しまなくて、どうするんですか。それで西山さんが勝って合格されるなら、心から祝うことができる」
柵木は対局室に開始15分前に入った。上座に座り、扇子を袋から取り出そうとした。
指が震えていた。
まだ対戦相手の西山は入室していない。立ち上がると部屋を出た。ゆっくりと廊下を歩き、深く息を吸う。自然体で臨めていると思ったが、やはり気負っているものがあったのか。
部屋に戻ると、まもなく西山が入室した。盤を挟んで向き合うのは三段リーグ以来、約4年ぶりだ。リーグでの対戦は柵木の5戦全勝で、今回の試験官が発表されたとき、メディアは西山にとって鬼門とみなしていた。
「第5戦の相手に選ばれたとき、回ってきそうな気はしていました。もちろん途中までにどちらかが3勝して決まる可能性もあるのですが、自分の出番が来る予感はありました」
奨励会時代からの“戦友”として
二人は奨励会時代に幾度も対戦したライバルだった。柵木は小学6年で、西山はその半年後に中学2年で関西奨励会に入会した。級位者時代には12回対戦し、柵木の5勝7敗。4級までは柵木がリードしていたが、3級には西山が先んじた。その後は、抜きつ抜かれつが続く。
西山が初段にリーチをかけた一戦で、二人はぶつかった。柵木も西山に勝てば、次局に昇段がかかっていた。初段は“入品”とも呼ばれ、奨励会の通過点として周囲からの見方も大きく変わってくる。