女流棋士と奨励会との二刀流が困難な理由
里見は2011年5月に奨励会1級で入会後、2012年1月に女性として初めて初段に昇段した。2013年7月に二段、そして同年12月には三段リーグ入りを果たす。棋界からの期待は大きく膨らんでいくが、畠山はどう見ていたのだろうか?
「やはり、女流との二刀流では無理だろうと思いました。一部の棋士も言っていましたが、女流棋戦を休ませてあげたら、可能性があるだろうと。ただタイトルを持っているというのは、看板を背負っているわけです。連盟や主催者がどう言ったか知りませんが、そんな簡単なことではありません。
なぜ女流棋士を続けることが負担であるかというと、三段は自分より弱い人とは、一瞬でも将棋を指したくないんです。強い人と上だけを見ていたい。弱い人と指している時間というのは、年齢制限の前では命が削られていくに等しい。
女性で一番強くなった里見さんが、女流棋士との二刀流で、自分より棋力の劣る人たちと盤を挟む。その時間に、他の三段たちは強い人とだけVSをやり、強い棋士の記録を取っている。私は幹事を9年やりましたが、里見さんが奨励会一本だったらリーグを抜けただろうと思っています。ただ、そうできなかったのは誰が悪いわけでもなく、現在の制度の中では難しかったのでしょう」
「すごい人たちですよ、あの二人は……」
西山について畠山はどう見ていたのだろうか。西山は女流棋士にならずに奨励会に入ったが、三段リーグ時代に奨励会員の女性が出場できる3棋戦(女王、女流王座、女流王将)で、三冠を達成していた。
「三段リーグで次点を取ったときの西山さんが、あのときの勢いのまま編入試験を受ければ、そしてあの盛り上がりなら受かっているでしょうね。
プロというのは、同じくらいの力を持つ相手に、技術では圧倒できないところを、いかに勝つかという世界です。人生のリミットがある中で強くなってきた西山さんが、命が削られていく経験をしていない人と指していたら、あのキツさを忘れないでいるのは大変だと思う」
そして畠山は里見と西山への敬意を語る。
「三段リーグで負けた翌日に、女流タイトル戦の対局のため移動して、前夜祭ではファンの前で丁寧な挨拶をしている。リーグで1勝1敗の後なんて、普通はブチギレていてもおかしくない。それを『本日はみなさま、お越しいただき、ありがとうございます』と毎回ファンに笑顔を見せていた。
リーグでの里見さんと西山さんは、他の三段同様に鬼になっていましたが、女流棋戦の前夜祭や華やかな場所では誰もが憧れる存在でした。私は立会人で見てきましたが、すごい人たちですよ、あの二人は……。時の第一人者でも大変なことです。今となっては、彼女たちに“ただの20代の三段の一人”としての時間を与えたかったと思いますけども」
写真=野澤亘伸
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