西山朋佳女流三冠が挑んだ「棋士編入試験五番勝負」は、2024年9月から2025年1月にかけて行われ、棋界内外から大きな注目を集めた。将棋の「棋士」と「女流棋士」は、同じプロでも制度が違って、棋士になることの方が格段に難しい。西山の挑戦は、将棋界初の「女性棋士」誕生をかけてのものだった。

 大きな期待を背負った西山と対戦したのは、試験官となった若手棋士5人。彼らはすべて、棋士養成機関である奨励会に西山と同時期に在籍していた。“戦友”たちは、どのような思いを胸に盤に向かったのだろうか。歴史的な一戦のアナザー・ストーリーをお届けする。

西山朋佳女流三冠

編入試験第4局 宮嶋健太四段戦

 誰もいなくなった棋士室で、宮嶋健太は一人、椅子にもたれたまま動けなかった。何も考えられず、ただ天井の明かりを見つめていた。

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「すべてを失ったと言ったら大袈裟かもしれませんが……。いや、大袈裟じゃないですね」

 編入試験第4局の試験官を務め、西山に敗れた。公式戦ではないため、勝率に影響することも、生涯成績として残ることもない。だが奨励会時代、そしてプロになってからも含めて、初めて味わう喪失感だった。

試験官を務めた宮嶋健太四段

「今回の編入試験がこれだけ注目されたのは、西山さんが女性であることが一番の理由だと思います。でも私は奨励会で戦った時も、そして今も、西山さんは自分と同じ将棋指しであって、盤を挟む上で女性であることを意識はしない。それは他の試験官の人たちも同じだと思います。それゆえに世間からの期待と責任の重さを、どう捉えて臨むべきなのか。それで頭が一杯になることもありました。ポジティブな感情でいこうと思っていたのですが、負けることへの恐怖はいつもと全然違うものがありました」

 宮嶋は定刻20分前に特別対局室に入った。居並ぶ報道陣を目にしたとき、一瞬、身構えるような反応があった。一礼してから上座の位置を確認する。荷物を置いて席を立つと、自ら入れたお茶を手にして戻った。座り直してグッと一口飲む。