「西山さんと戦っているんじゃなくて、そのフィールドにも立てていなかったというか……。こうした舞台で自分が出せるパフォーマンスが、この程度なのかという落胆が大きかった。

 本来なら自分が悔しい感情が一番に出るはずなのに、全棋士と全奨励会員に申し訳ないという気持ちが込み上げた。それが弱点であって、もっと自分本位でやるべきなのですけど……。信頼を回復していくには、勝っていくしかない」

 西山は角番をしのいで、悲願まであと1勝に迫る。感想戦が終わって互いに礼を交わすと、ふっと身体から力が抜けたような印象だった。

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 ここで小さなハプニングがあった。

 西山は自然と駒箱を手にした。しかし、盤上の駒をしまうのは、上座に座った棋士というのが将棋界の伝統だ。宮嶋は気づいたが口には出さず、立会人の藤原直哉七段がさりげなく声をかけた。西山はハッとして、恥ずかしそうに微笑み、駒箱を宮嶋に渡した。それは張り詰めた意識から解かれた、束の間の安堵からだったかもしれない。

対局室を後にする宮嶋健太四段

宮嶋は、この3日後の対局で勝利

 将棋会館を出る前に、棋士室から出てきた西山と、エレベータ前で鉢合わせした。西山の隣には妹弟子の藤井奈々の姿があった。

「お疲れ様です」

 西山はそう言うと、藤井とエレベータに乗った。その表情と声には、普段の優しさが戻っていた。

 宮嶋はこの3日後の対局で、トップ棋士の一人である稲葉陽八段に勝利した。また出場したサントリーオールスター戦では、同じくトップ棋士の斎藤慎太郎八段に勝つなどの活躍を見せた。斎藤は今期の叡王戦の挑戦者にもなっている。

 最終局の試験官となる柵木幹太四段と宮嶋は、奨励会有段者のときから研究会を行ってきた仲であり、現在も交流が深い。第5局の前日に、柵木から宮嶋にラインがあったそうだ。関西新会館の特別対局室は、柵木にとっても初めての対局になるため、空調や照明など気になる点を聞いてきた。宮嶋は設備に問題はないと返しながら、心にあったことを伝えたいと思った。

「自分を信じて指してくれ」

写真=野澤亘伸

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次の記事に続く 試験官の指は震えていた…西山朋佳女流三冠のプロ入りを懸けた“最終局”で柵木幹太四段は「棋士人生を懸けた一戦」