「おどれ、こんとに暗うなるまで、よう男と歩いとったな」

そう言って、頰を打ったのだ。行けと言ったのは父である。だが、幼い千代は理不尽だと思わなかったという。

千代はこう振り返っている。「理由は分からないながら、私は父を恨むどころか、父の言葉をそのままに承認した」。支配とは、殴ることだけでなく、殴られた側に「自分が悪い」と思わせることでもあるのだろう。

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朝ドラでは国仲涼子演じる継母の涙

この家に、もう一人の大人がいた。若い継母である。継母にはやがて5人の実子が生まれたが、継子の千代が軽んじられることはなかった。むしろ逆で、いただき物のおはぎを弟妹たちが食べたがっても継母は言った。

「まアお待ちい。姉さまがお戻りてから分けて上げるけえ」

千代のほうも、弟妹をよく世話した。後年の回想には、「私の小さい背中は、おしっこの乾く間がなかった」とある。

ただ、若い継母は夜に泣くことがあり、一度は実家へ逃げ帰っている。泣いて彼女を追う千代を、当時家にいた女中の一人が背負い、継母の実家まで連れて行った。彼女はのちに、千代にこう語っている。

「あのとき千代さんが、わしを追うておいでんかったら、わしはこの家には戻らんかったかも知れんでよ」

継母にも、逃げたいほどの苦しさと、戻るか戻らないかの選択があった。

やがて病床の父は、女学校に通っていた千代と、あの夕暮れの相手である従兄との結婚を決める。縁組みは、暗くなるまで男と歩いたことへの罰であるかのように言い渡された。行けと命じたのも、罰を科すのも父だった。それでも千代は、「私は何の抵抗もなく、ただ『はい』と答えただけであった」と振り返っている。嫁入りの支度の際、髪を結ってくれる継母の目に、鏡越しに涙が光った。

たった10日で終わった初婚

「私は手にほんの小さな荷物を持っていたが、その中には、着替えの着物と学校道具が入っているだけであった」

後年、「恋多き女」と呼ばれる人の最初の結婚は、自分で選んだものではなかったのだ。荷物に学校道具が入ったままの、実感の乏しいものだった。