『私の幸福論 宇野千代人生座談』

 95歳になった作家・宇野千代は、青山を散歩していたとき、ビルの話を振られると「一生懸命働いて、ビルを建てたいなア」と答えた。若い頃から、小説、恋愛、きもの、家、本づくりへと、興味を持てばすぐに駆け出す。そんな自分を「駆け出しお千代」と呼び、「私の人生は『駆け出し人生』なのです」と語っている。

 2026年度後期朝ドラ「ブラッサム」の主人公のモデルとして注目が集まっている作家・宇野千代。95歳で自らの人生を振り返った『私の幸福論 宇野千代人生座談』から、何かを夢中で追いかけ、失敗すればまた立ち上がる、その「駆け出し人生」を紹介する。

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いつまでも「生きのよい」生き方をしたい

(前略)「生きがよい」か「生きが悪い」かが私の判断の基準なのです。

 若い頃の私は、勿論「生きがよい」方に三重丸くらいつけてもよいほどでした。私にとって興味の対象は、つねにただ今現在から未来にしかありませんでした。いつでも、何かを追いかけて行くことが即ち、生きることだったのです。

 私は何を追いかけたでしょうか。小説を書くことであり、恋愛であり、きものをつくることであり、家を建てることであり、本をつくることであり、それも一つずつではなく、同時にいくつものことに股をかけてのまっしぐらな駆けっこでした。

 行動することは生きること。自分を表現することなのです。

 ちょっと立ち止まると、ほら、くるくるまわっていたコマが止まると倒れるでしょう。あんなふうに倒れてしまうように感じるのですね。

 私は、倒れるのが恐いと思うかのように、立ち止まることもしませんでした。つねに、一つの行動から次の行動へ、目にもとまらぬ素早さで移ったのです。

 ところで95歳になった私は、今でも「生きがよい」といえるでしょうか。ちょっと「生きが悪くなったなア」というのが、ほんとうのところかなア。

 次つぎと追いかけて行くものが少なくなったのです。それでも、欲望がまるでなくなったわけではありませんよ。

菊池寛賞を受賞した宇野千代氏(1982年)

「一生懸命働いて、ビルを建てたいなア」

 昨日もね、散歩をしながら淳ちゃん(編集部注:秘書の藤江淳子氏)が、

「先生、青山のこの辺りも、いつの間にかずい分ビルがたくさん建ちましたね。どうでしょうか。先生も、素敵なビルには興味はありませんか」

 と言った途端、私の体の中から、あついものがふき上げてくるのを感じたものでした。

「勿論ありますよ。一生懸命働いて、ビルを建てたいなア」

 と言うのです。自分ながら呆れたものではありませんか。

 しかし、これは本音なのです。そのとき私は、昔、こんな気持ちになったことを思い出していました。素敵な家を見て感動し、私もあんな家を建てたいと、それはもう灼きつくような思いで胸をこがしたことを思い出していました。

 勿論、あのとき私は、それとそっくりの家を建てました。けれども、ある事情のために、そこには住めませんでした。長い間放っておいて見に出かけたときは竹の子が床を割って突き出ていましたっけ。

 感動は行動を引き起こすのです。

「生き」は少し悪くなったけれど、まア、私らしく生きて行きたい、とそう思っているのですよ。